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2020年2月5日水曜日

Muse細胞で脳性麻痺を治す(障害者の居る社会だからこそ)

ニュース(報道ステーション)で見たが、Muse細胞というものを使って、新生児の低酸素脳症を治す治験をするとのこと。
損傷を受けた脳細胞が発信する信号を、血管に注射したMuse細胞というものが察知してMuse細胞が損傷を受けた細胞に成り替わるらしい。
治験は新生児の低酸素脳症を対象にするとのことだが、脳性麻痺や脳梗塞などにもという話しだったと思う。

障害児の親を10年やってきた者の意見だが、こういう治療はあまり賛成ではない。
成人への治療ならまだしも、幼子のしかも何と言うか、人格が未だ熟成されていない新生児に治療するというのが、余計にたちが悪い印象を受ける。

障害児の親でもいろいろ考えがあると思うし、もしかすると治療大賛成という意見が多いような気もする。
遺伝だったり、突然変異だったり、事故的な要因だったり理由はさまざまだが、とにかく低酸素脳症までなってしまうと、肢体に影響が出たり、知的に影響が出たりするわけだが、今の医学では、もうそうなってしまったら簡単には改善しないし、元通り回復はしない。のだと思う。ケースはさまざまだろうが。

子どもが健康に育つと信じていた親は、この事実に直面すると大変ショックだ。今でこそ簡単にそんな風に書けるけど、自分自身もショックだった時期を乗り越えてきた。
少しでも良くなれば、少しでも出来ることが増えれば、という親心はよくわかるし、自分も日々、我が子に対して、こういうことも身に付けられたらなぁ、と高望みしている。
でも、人間が壊れた脳細胞を治すということまでしてはいけないのではないか。その考え方が、今の我が子を否定するような思考にはならないか。ひいては障害者・障害児を否定するような考えにならないか。という風に心配してしまう。
明日をも知れぬ、生死の狭間を生きている子どもが今も居ると思うと、安易なことは言ってはいけない気持ちにもなる。自分の子どもが今、生死の不安がないからこそ言ってしまえることではある。それでも、人間が医学の力で足を踏み入れて良いのかどうか、今一度みんなで考えていけたら。そう思う。

相模原のやまゆり園の事件、裁判をちょうど今日もしていた。彼は世論の賛成を得られると思っていると主張しているようだが、反省の無い態度に世論はすっかり冷めたと感じている。
世の中には健常者と障害者だけではなくて、いわゆる健常者にもひとりひとり全く違う能力や性質や性格を持っていて、障害者とか健常者とかいうくくりでは捉えきれないのが人間だと思う。障害者と向き合っていると、そういうことにも気づかされる。

障害者と一緒に生きているからこそーーー。
障害者の居る社会だからこそーーー。

2019年12月28日土曜日

年末におもう 隣人のために


2019年も残りわずかになりました。
三女も今年で三歳になり、だんたんと父親として子育てに必死なだけではなく、少しずつ自分を取り戻す時間が持てる隙間が出て来た。まだほんの少しだが。


秋には子供のリクエストであると共に、オヤジ仲間家族とキャンプに行った。第1次計画は台風のため延期し、次の計画は台風19号の上陸と重なってしまった。天気予報をにらみながら、通り過ぎたら雨はあがるかなーと考えつつ、無理は禁物かなとも考えつつ、結局こども達の行きたいというエネルギーに屈したという形で、自宅から比較的近い水辺と縁の無い山の上のキャンプ場へ出かけたわけだ。行ってしまえばそれなりに楽しいひと時を過ごした。
こうして年末を迎えて、今年一年を振り返ると、甚大な被害をもたらしたあの時に、悠々とキャンプに行ったなと、うしろめたい気持ちになる。
こんなことになることに、その当時から薄々気づいてはいたものの、やっぱり行きたかったのは自分だったりして、その弱さが嫌になる。


毎年、娘の通う保育園ではクリスマスに献金を集め、その時にふさわしい場所へ寄付する。今年は、チェルノブイリ子ども基金という団体と、未来の福島子ども基金へ献金するとのことだ。保育の時間にも先生方が子供達にこのことを伝える。家庭ではできるだけ、子供のアクションによってお金を産み出して献金ができるように計らうことになっている。家事を手伝うとお小遣いをもらえて、それを貯めて献金にするなどということだ。今までは、日々の暮らしにあっぷあっぷしていて、なかなか子供とクリスマスの献金の話しをしたり、そのために何ができるかなどと計画できず、結局親が用意したお金をそのまま献金することになってしまっていた。


我が横浜市の行政がIR誘致に動き出している。大都市の市民を支える行政として、こういった方法で懐を支えるというのは、カシコイ人の選択なのかも知れない。でも、もっと地に足のついた大都市であって欲しい。自分だけが勝ち組みたいじゃなく、同じ日本の他の地域と共に豊かで幸福な人々の生活できる都市を目指したいと思ったりする。


十代の頃から、環境問題に関心があり、学生時代にはその方面で自分に何かできないか模索していた時期もあった。今もこの地球を人間の手で傷つけてしまわずに後世まで、回りつづけて行って欲しいと願っている。普通の生活をしている範囲ではあるが、ゴミを少なくすることや、石油を使うことを出来るだけ少なくしたいと多少は実践している。

思っていても、行動しなければ意味がないとよく言われるし、そう思う。
少し見出せた時間を有効に使う2020年にしたい。

2019年8月22日木曜日

大人と子供の中間オムツ

グーンBIG、グーンS-BIG(テープ式)、ライフリーS
成長してきて、だんだん子供用紙パンツがきつくなってきて、とうとう大人用にチャレンジです。
備忘録も兼ねて、サイズリサーチ情報をまとめときます。


今使っているもの(キツくなってきた)

グーンスーパービッグ(テープタイプ/パンツタイプ)

男女共用、体重目安:15kg~35kg、おなかまわりの目安サイズ50~70cm
120ccで3〜4回分
>>現在体重は25〜30kgくらいで、へそ下4〜5センチくらいの間が空いてしまっている。
>>テープ式よりもパンツ式の方が、伸びるせいか大きくなっても対応できる印象。



ライフリー 横モレあんしんテープ止め Sサイズ

ヒップサイズ 56~90cm
150ccで4回分
>>テープ片側2個所止めだよ!(大人用はこのスタイルみたいだね)
>>テープで一番小さい目盛りにして使えないことはないが、かなり大きい。
>>グーンは夜中満水でオーバーフローの時があるが、ほぼ大丈夫。大きめなので、隙間が出来ないように丁寧にテープ止めしないとダメみたい。

リフレSS、グーンS-BIG(パンツ式)

リフレ 簡単テープ 止めタイプ横モレ防止 SSサイズ

体重目安:20〜45kg ヒップサイズ:50~80cm
>>これもテープ片側2ヶ所止め。
>>SSなのでライフリーのSサイズより小さくて良いが、やはり大きい。
>>前にもギャザーがあって、締め付け感が少ない付け心地だと思う。



グーンS-BIG(テープ式)、グーンビッグより大きい、グーンビッグ

ネピアテンダー テープタイプ Sサイズ

ヒップサイズ:50~90cm
ウエストサイズ:45~90cm
吸収量の目安:450ml
総吸収量:800ml
>>近くのドラッグストアでは入手できなかった。(取り寄せできないらしい)

2019年8月4日日曜日

長女同窓会でヘレンケラー

長女(小4)、保育園時代の仲間との同窓会をした。
全員には欠けるけど、子供達がみんな集まった。暑い暑い日だったけど、自然の中でたくさん遊んで楽しいひと時を過ごした。
我が子は相変わらず暑さには弱く、すぐに顔が真っ赤になってしまうのだが、大好きな水にたくさん入ったりして、なんとか一日をすごした。「歩き方がしっかりしたー!」とか言ってもらうと、親としても嬉しかたったし、いつも自然に接して、何かと助けてくれる子供達と親達には感謝している。

当然のことではあるが、みんな体が大きくなってびっくりした。男の子はあいかわらず無邪気に遊んでいるように見えるけど、お嬢さん達は一年前はもっと気楽におじさんにも話しかけてくれていた子が、すっかり小学校高学年の態度になっていたり、保育園の時には表現できなかったような話しをしてくれて、そんなことも楽しい出来事だった。
なかでも、うちの長女と何かと一緒にすごしてくれた女の子が、森の中で遊んでいる時に「ねぇ、ヘレンケラーって知ってる?」と聞いてくるものだから、「知ってる知ってる」と答えて「なんで?」と返したら笑顔が返ってきて終わってしまった。

保育園時代に5年間、うちの子のようなハンディがある子供と毎日毎日一緒に過ごして、仲間の一員として保育士や親達も接してくれた。その後住まう地域が違うこともあり、あまり顔を合わせることなく成長してきているわけだが、この仲間達がもっと大きくなった時に、ようするに障害者ということにどういう思いやイメージを抱く人になるのか、とても興味を持っている。
我が子を家のなかに隠して育てず、他の子たちと同じようにどんどん世の中に出して育ててきたのは、健常な子供のようには何でもできないし、自分一人では行動できないけれど、同じ世代の人間達にも一人の人として幼い頃も成人してからも見て欲しいとも思うからで、このヘレンケラーという歴史上の偉人が、かすかに知っているあの子と共通する所があるのかもと淡く気づいたことに結びついているのだとすれば、我が子をこうして育ててきた一つの成果のように思える。

保育園時代には海に行くにも、山に行くにも仲間達のお父さんお母さんが手を貸してくれて、あちこち背負ってくれたり、さっと気づいた子が我が子に手を差し伸べてくれたり、本当に今思い出しても涙腺がゆるくなる出来事がたくさん思い出されて、こうして受けてきたありがたいみんなの気持ちをいろいろなシーンでこれから返していければなと思っている。

2018年5月8日火曜日

小学校に子供が進んで思うこと

保育園時代は、毎日送迎することも大きかったが、保育園でも子供の生活がよく伝わってきた。小さいクラスのうちは保育士が毎日連絡帳に出来事を書いて伝えてくれたし、迎える時に出会えば、今日はこんな様子だったと伝えてくれることも多い。毎月懇談会があり、基本的に必ず出席して保育の状況など聞かねばならなかった。親も保育園も同じ方向からこどもに向き合っている感覚で、とてもよい関係だったと思う。
小学校に入ると、入学式で学校に行って以来、この一ヶ月学校に踏み入るチャンスはない。当然だがこどもが教室でどんなことをしているのか、想像するしかない。周辺の学校の様子を聞くと、4月にいきなり授業参観などがある学校も多いようで、まだ授業らしいものも始まっていないだろうに、と思ったがどんな様子なのか心配な親心に応えるいい方法なのかも知れない。ともすると、学校と親がこどもを挟んで反対側から向き合うような感覚になり、見方や意見が食い違いこどもが板挟みにならないだろうかと、不安になる。
明日は授業参観なので、なかなか時間的に厳しいが行ってみようと思う。
大量グリーンピース次女が全部むいてくれた

保育園卒園、小学校入学

次女が保育園を卒園した。
5年間、毎日毎日、片道30分を車で送迎していた時間が、急に三女と二人きりになってしまい寂しい限りだ。
よく遊ぶ保育園で何を得たのか、よくわからないが、「いつでも帰っておいで、きみたちの保育園だよ」というスタンスでいてくれる拠り所であることも、大きなことのように思う。
個性的な保育園から一人だけ地元の小学校で進んで、上手く行くのか心配な親心であったが、小学校に通いはじめると妙にハイテンションで、毎日楽しいらしい。学校の先生は思う所あるようだが、それだけで父親としては十分満足だ。
保育園ではしょっちゅう何かを作って帰ってきて、その力作の行き先に困っていたので、小学校に入れば無くなると思っていたが、毎日折り紙を折って帰ってくる。学童では年上の子に教わるらしく、見た事のない折り紙を持ち帰ることもある。そういえば、保育園では折り紙は提供されていなかったと気づいた。

保育園では毎週末絵本を借りてきて、親はこどもに読んでやっていた。そして、絵本と一緒に絵本ノートなるファイルを持ち帰り、親がいろいろと書き込む。そんな絵本ノートも終わってしまったので、ブログにでも書いておこうと思った次第。
なんだか寂しいなと、メソメソ思っているのは大人だけで、こどもはしっかり今の小学校生活を楽しんでいるので、本当によいと思う。
キャンプで石に描いた絵

2016年6月4日土曜日

ドリームナイト・アット・ザ・ズー 2016

障害児とその家族を、閉園後の動物園に受け入れてくれる企画に初めて行って来た。家から近いと思っていた横浜ズーラシアまでの道のりも、土曜の夕方は予想以上に混雑していた。
休日の昼間と違い、観客の少ない動物園は贅沢だったし、ほんとの現場の飼育員さんらしき人が随所に居て、サイの所ではちょうど排便に遭遇してしまったので、何故後ろ足で糞を蹴るのかと聞いたら、においを拡散させているのだとのことで、この種類のサイはやるけれど、他の(名前は忘れてしまった)種類のサイはやらないのだ、とか、いろんなことを尋ねてしまった。
時間帯は夕方から夜だが、特に夜にしか見られない動物の生態にスポットをあてているのではなく、一般の観客が居ない時間を提供してくれている感じ。
障害児の兄弟などは、もしかすると普段動物園に行く機会もなかなか作れないかもしれないと思うと、障害児の家族を招待してくれるのは意義深い。
とても手厚くもてなしてくださってありがたい限りだが、趣旨としてはやはり健常者と障害者を隔離しているようにも思えてしまう。
でも、そんな穿った見方をせずに次の機会もまた訪れたい。

2016年3月27日日曜日

保育園を卒園

とうとう長女が保育園を卒業した。
1歳児からお世話になったので5年間。心配していたこの子の発達に親と一緒に向き合ってくれた保育園から離れるのは、寂しい気持ちももちろん大きいが、それ以上に不安を抱く。食事のこと、肢体のこと、いろいろな習性のことなど、毎日よく観察して報告してくれたり、いつでもさまざまなアドバイスをしてくれたり、親の悩みを聞いてもらったりした。

そして、ハンディのある我が娘を、さまざまな活動に分け隔てなく連れて行ってくれた保育園。もしかしたら出来るかも?といろいろなことに挑戦させてくれた保育園。何もできない我が子を心の拠り所にしてくれた仲間たち。
出会えたこと、真剣に我が子を保育してくれたこと、感謝している。

2016年3月24日木曜日

口元対策

むすめは触覚が少し鈍いらしく、前々から指先の感覚と口の感覚を満足させるためか、指しゃぶりというか、指の爪の生え際とかを歯に当てたりということを、暇になるとしている。だんだんとエスカレートしてきて、爪がひどく傷んで怪我みたいになったり、よだれもひどいので、対策を練っている。

このたび、マウスピースを作ってみた。
上の歯全体を覆うもの。これで、歯としては噛むことで欲求が満たされて、指としては、当てても気持ちよくない、と感じて他のことに気持ちが向いてくれることを願っている。

一緒に写っているのは、花粉症用の鼻マスク。鼻栓だ。指を鼻にがっつり入れてしまうこともあるので試してみたが、これはさすがに嫌らしい。

これまでも、マスクをするとか、手袋をはめるとか、やってみたり、エリザベスカラーとかいう犬猫さんが治療でつかうメガホンを襟巻きにしたようなのを試してみようかと考えたりしてきたけど、そろそろ本気で食い止めたい。

でも、これで精神の安定を得ている部分もそれなりにあると思われるので、無礙にシャットアウトするだけでなく、こういうことをしたくならないように状況を整えてやることが本来は大切なのだとは考えている。

2016年2月16日火曜日

父の愛より母の愛ー次女と母


どれだけ父親と接する時間が多くても、
どれだけ父親がやさしく愛情を注いでも、
次女は母が大好きで、母にわがままを言っている。

いつもは寝付く寸前でも、母の顔を見ると元気がでて、すっかり目が覚めてしまう。ところが昨晩は、もう寝る準備は万端の所で帰宅した母は、ひとまず世の中のウィルスを落としたいから入浴すると言う。そこで、次女には「ひとまず寝ていて、母さんが来たら起こしてやる」と提案したら、あっさり承諾し寝付いた。
もう4歳を目前にして、少しだけ母とのべったり加減も和らいでいる。

2016年2月6日土曜日

人生初スキー 物事を教わること・教えること

人生はじめてのスキー

ゲレンデという所は、人生初めてだった。
年明け早々に、保育園でこどもが一緒の父さん母さん数名と大人だけのスキーに、日帰りで出かけた。数日後に保育園の2泊3日スキーに付き添うための慣らしが目的のツアーだが、人生初スキーの僕は、インストラクター経験のある方に一から教わるのが目的だ。保育園のスキーでは、こどもが安全にスキーを楽しめるように、子どもと同じかそれ以上人数の大人が付き添う。そして、父母は自分の子どもとは一緒に行動せず、その他の子どもたちの父親や母親として接することになっている。子どもを上手に誘導するために、バックボーゲンが出来るとよかったり、転倒した子を手助けするために、素早く近づく技術が要されたり、一緒に滑りながらも周囲の危険を察知する能力が要求されたりする。今日は、子ども抜きで練習というわけだ。
横浜から近いという諏訪郡富士見町の富士見パノラマってスキー場は周りすべて雪が無くて、晩秋の落葉樹林そのままだった。今年の12月は非常に雪が少なかった。

39歳にして初めてのスキーに挑戦して発見したことは、物事を教え教わるとは、こういうことだと改めて実感したこと。書いていたら長くなってしまったので、結論を先にまとめると、ようするに教え過ぎてもだめだということ。必要最低限を教えてもらい、あとは、後戻りできないスタート地点に立たせてもらえば、なんとか自分で考えて、自分の体でやってみる。自分で考えて体を動かす、ということに大きな意味があると実感した。
ちなみに、雪国で暮らしていた時に、人の山スキーっていうのを一人で勝手に履いて滑ったことはある。

まず板のはめ方から

さて、この日ぼくに教えてくださった方は、まずスキー板のはめ方から、横歩きでエッジを使うこと、ボーゲンでブレーキをかけることを教えてくれた。はじめは、その場でしゃがむことも出来なかったが、平らな場所で少し歩いたりしているとスキー板に慣れてはきた。早速リフトで緩斜面へ。ゆっくりとすべり出し、「両手を広げてー」ターンでは「外側の足に両手を乗せてー」などと教わった。中学生以来のスキーと言っていたおとうちゃんが、隣で滑ってくれたのも心づよかったな。何度か緩い斜面を滑ったが、案外と転ばない。このまま無転倒で帰りたいと密かに思う。

斜面がきついと世界が違う

しばらくすると少しは滑れるようになった。体は緊張したままだし、ぎくしゃくしているけど、多少は滑れるようになってきた。10年ぶり、20年ぶりのスキーという同行の仲間たちにも、なかなか上手だと持ち上げてもらい、まんざらでもない気分になってきた所で、同行の先輩父さんが「話しのたねに行ってみる?」と中級上級コースに誘ってくれた。緩やかな斜面に、多少物足りない気持ちも芽生えていたので、不安には思いつつも行ってみた。下から見上げても、確かに斜面の角度は急だが、それがどういうことなのか、ぼくにはわからなかった。
リフトの乗り口には「中級上級用コース」と、目立つように書いてある。先輩父さんは大丈夫大丈夫という。さて、リフトを降りて滑り出しは良かったが、だんだんきつい斜面になると、スピードが出て止まらない。習ったばかりのボーゲンだけではどうにもならない。なんとかターンしようとすると、動作が追いつかないのか、タイミングがわかってないのか、よくわからないが、とりあえず転んで止まる。止まれてよかった。できるだけ斜面を横切るようにすべっては、ターンしようとして転ぶ。と繰り返しつつ。なんとか滑降(?)。もう、「外側の足に両手を乗せてー」なんて感じじゃないスピード感だ。でも、少し楽しいかな?と思いつつ。ここでお昼ご飯。さすがスキー場、きもち割高なランチをいただき、休憩。
午後は、ゴンドラで中級上級用コースの更に上へ行くと、もう少し緩い斜面だから行こうと言われる。急斜面になる前に上に昇るリフトがあるから、そこで往復すれば言いという。さっきの1本で懲りたから、また初級コースで練習しようと思っていたけど、一人で滑るわけにもいかず、ゴンドラに。
確かに、少しは緩やかだったけど、なかなか悲惨な滑りで四苦八苦しつつ何本か滑る。転んだり、おっとっと、となったり、気持ちよく滑ってみたり、としているうちに、時間はあっという間に過ぎて、最後にこのまま中級上級用コースで帰ろうと言う事になった。後半の斜面は、お昼の前に恐怖を味わった急斜面(ぼくにとって)に続くコースだ。全長3kmらしいが、スキーの3kmってどんだけ大変か実感を持てないまま滑った。
3km長かったなー。でも、一日でそれなりに滑れるようになって達成感が気持ちよかった。普段のインドアな生活では味わえない感覚だ。

結局、最初に教わったことしか知らないけど、どうやらだんだん板を並行に揃えるといいらしいとか、スピードを出しすぎないで基本的な動きを覚える時間が必要だな、とかいろいろと周りの人を見たりしながら自分なりに考えた。そうこう考えながら、滑っては転び、どうすれば転ばないか考えているうちに、少しは上達したかも知れない。

スキーは後戻りできないのがいい

スキーって、もう下に滑るしか無いスタート地点に立ってしまうと、やってみるしか無いという状況がとてもいい。リフトで下に帰るわけにもいかないし。そして、後で聞いた話しでは「長い距離を止まらずに、できるだけ転ばずに」滑ることが、どんどん上達する秘訣らしい。これは、他の芸事にも言えるなと、納得した次第。

雪国で生活しているわけでもないのに、わざわざ万端の装備を揃えて遠出するなんて、あんまり好きじゃないと思って、これまで避けていたスキーだけど、意外に楽しくなってきた。
再来年に、次女が年長になってスキーに行く時までに、ブーツと板は買っちゃおうかな。

2015年11月20日金曜日

茨城県教育委員による障害児についての発言にひとこと

「妊娠初期にもっと障害の有無がわかるようにならないのか」と教育委員が発言をした件が、物議を醸している。
特別支援学校を視察した話題に続き
「妊娠の初期に(障害の有無が)分かるようにできないか。4カ月以降になるとおろせない。(教職員も)すごい人数が従事しており、大変な予算だろうと思う」
「意識改革しないと。生まれてきてからでは本当に大変。茨城県では(障害児の出産を)減らしていける方向になったらいい」
と発言したそうだ。
公の教育に携わる方の発言として、ひどい発言だと感じた。

ツイッターではどんな反応かと、チェックしていると、乙武 洋匡氏(@h_ototake)が
「長谷川センセイ、私も生まれてこないほうがよかったですかね?」
というツイートがあったり、さまざまな反応がある。否定的な見解が多い印象だが、「気持ちはわかる」というような考えの方も居ることを知った。

障害児の親として、僕はこう考えている。
障害児と線引きされる子どもを育てるのは、障害児でない子どもを育てるより、一般的には大変と言えるとは思う。障害といっても、肢体が不自由だとか、知的な面で健常な人と違う所があるとか、さまざまではあるが、大抵は苦労がつきものではあると思うし、ものすごく大変な子育てになる場合もあり得る。
でも、だからと言って、先天的な障害を事前(出生前)に避けることが、障害児と付き合う解決策だとは思わない。むしろ、それは間違っていると思う。育てるのに苦労しそうな子どもは、障害というレベルでなくてもいっぱいいるし、大人になっても本人が生きていくのに苦労する人物も居れば、他人から見て付き合っていくのに苦労する人物も居る。障害児を選別するという考えは、障害が無い人でも、苦労する人は選別する(堕胎?)という発想にならないだろうか。その考えを突き詰めて実行すると、人には誰でも欠点があるのだから人類は子孫をつくれなくなるだろう。
そういうことではなく、先天的に持って生まれた特徴は、その人物の人格そのものだと思うし、いろいろな人が居て成り立つ社会を構成するためにも、いつの時代でも障害者が一定の割合生まれることが、人類の自然な状況なのだと思う。「みんなちがってみんないい」「ナンバーワンよりオンリーワン」とか言う言葉は、そういう多様な人々を肯定する社会を言っているんじゃないの?
障害児の存在をどう受け入れるか、障害児の親や家族が大変ならば、周りの人々は手を差し伸べるべきだと思うし、恩に感じた当事者は感謝の気持ちを伝えるべきだと思う。大変だと苦しい思いをしている人は、声をあげるべきだと思う。そうやって、「苦労」が社会に生まれるから、人と人は助けあったり、ドラマが生まれたり、豊かな生活が生まれたりするのではないか。と考えている。

「本当に大変なんだ」という当事者家族の方も居るのでしょう。僕は本当に大変だ!とは感じることもあるけど、今のところ大きく悲観的にはならないで居られる。どうしてなのか、時々考えてみるけど、やはり、子ども自身の存在が誰かの為になっている、としばしば感じることがあるからだと思う。
保育園の仲間たちが、我が子を歓迎してくれる時、その仲間たちは、その前に起こった喧嘩を忘れているかも知れない。何もできない我が子のために、我が子の仲間たちは、知恵を絞って一緒にイベントを経験できるように考える。それが仲間たちの共通の課題となり、団結が生まれるかも知れない。障害児と共に過ごした子どもたちは、次に別の障害児に出会った時に、自然に力を発揮できるかも知れない。時間ばかりかかって仕方ないなーと食事を介助している父親は、子どものおかげで結構いろいろな人に出会って楽しい思いもしている。などなど。
こういうことは、実際に経験してみないとわからないことだと思う。だから、今回の教育委員センセイも、発言を撤回したのはいいが、「障害児にも絵の上手な子がいた」とか、その程度しか言えないのだと思う。長谷川センセイも経験が乏しいことは不幸なことだったと思う。障害児には突出した才能がある子も中にはいるけど、僅かな才能しか見つからない子も多いし、全く役に立ちそうにない才能を発揮する子もいる。本当に、ただそこに寝て存在しているだけなのではないかという子も居るのだ。でも、その存在自体に意味があるから生きていくべきだし、存在に意味があると信じるから周りの人達も障害児を支えていく気持ちになる。絵の才能があるかどうかで、堕胎すべきかどうかということでは全くない。

こどもが生まれて、親になったと思ったら、こどもが障害児でした。という時に、誰しもショックを感じるものかも知れない。そのショックの程度は、それまでに障害児(者)とどれだけ接したことがあるか、どんな経験をしたことがあるかによって変わるだろう。ともあれ、生まれてしまった子どもは、親にとっての運命なのだと、僕は受け止めている。親にとっても必要な子どもだったのだと。
たぶん、そういう考え方をしないと、障害児を世の中に受け入れられないと思うのだが。

2015年9月26日土曜日

足の装具(シューホン)

今まではベルト3本だったが今回は4本

多分4足目の足の装具。
7月半ばの6歳誕生日近くに届いた。
こういうタイプのはシューホンって呼ぶらしい。「ジョイント付きプラスチック製短下肢装具」というのが正式なのかな。
基本的にはサイズアップなのだが、
今回のポイントは

  1. 小技がおしゃれ
  2. 指の付け根あたりがしなる
  3. ベルトのクッション性がよい
というところか。
一番つま先のベルトは幅広で外側から内側に補正する感じ
足首が崩れるせいか、主要な補正箇所が足に当たり赤くなったりして、2度程クッションや土踏まずの高さや踵の高さやら調整したが、まだ履いていると赤くなる所がある。
靴底の滑り止めは、今回はやや硬くてフローリングなどの硬い床ではすべりやすいのが難点だ。そしてサイズが大きくなったからか、足首の関節パーツが大きくなって、左右の出っ張りが大きい。装具用の靴(サスウォーク)などをオーバーシューズに履いても、まだ出っ張りが大きくて、靴のベルトを締めるのが無理がある。仕方ないから、今回のは室内専用に今の所はしている。
足首の保護と補正はシューホンが担っているのだから、オーバーシューズはローカットでいい市販品があるとよいのだが。「あゆみシューズ」とかはちょっと違う気がするし。


おかげで、いよいよ自分で歩きだしている。いままで6年間そういった動きはなかったから、ちょと視界のはじをトコトコと横切る人がいると、あれっ!!って思うこともしばしば。妹にしては、背が高いしびっくりするが、だんだんと慣れては来た。

2015年6月16日火曜日

保育園卒園後の進学を考える

園庭のじゃぶじゃぶ池でカヌーに乗る
保育園に通い5年目。年長児になり、のびのびと保育園生活を楽しんでいる。
親は、療育センターに促されるように次年度の進学先を見学したり、説明会に参加したりしているところである。
我が娘のような感じの子だと、特別支援校という知的な障害のある子や身体の障害のある子を集めた学校へ進学することが通常のようだ。横浜の場合は、市立は特別支援校と呼び、神奈川県立の学校は養護学校という名称になっているという現状で本来は養護学校という名称は今は使わないことに決まったらしい。

さて、見学に行った感想は、第一に殺風景ということ。学校などという所は、そもそも家庭とは違い殺風景なものかも知れないが、やはり自然に接する場所がまるで無いことが驚きであり、残念でもあった。そいういった子ばかりを集めている学校だから、歩行や移動の道具が教室の前の廊下に人数分(?)置かれていたり、なんとなく病院のようでもあり、危険な物は排除しているという配慮もあるのだろうか、潤いの無い印象だった。

長女は、ほぼ毎日、晴れの日も雨の日も園庭で過ごす保育園に通い(雨の日はタープの下とかレインスーツを着るとか工夫はしているはず)、元気な子どもたちの声や、木々の木陰、小川の水、さわやかな風に触れる環境で育ってきて、大人が予想もしないような刺激を受けてきた。人間が計算して準備するものではなくて、思わぬことが彼女にとっての良い経験となり、成長を促してきたことを実感している。
地域の公立小学校に通う子にとっては、自分の足で道路・歩道を歩き、野山かも知れないし、都市かも知れないが、いろいろな物事に出会いつつ登校するだろう。学校に着けば、仲間に出会い言葉や態度で挨拶を交わしたりと、子どもたちの社会が待っている。その昔、自分が通っていた市立小学校には「ロ」の字型に囲まれた校舎には中庭があり、鯉の住む四角い池や、うさぎの住む金網小屋などもあったし、木も少ないながらには植わっていたり、日々手で触れないまでも、もっと自然的で有機的なものを目にする機会が多かったと思う。

授業は音楽や図工などという科目が多くあることが目についた。見学で通りかかった教室では、数人の生徒の前で、かぶり物と腰にはスズランテープでつくったスカートのような物をお召しになった男性教諭とおぼしき方が、生徒の前で音楽の授業をなさっていたような光景にも出会った。子ども達の反応を引き出そうと、ここまで努力しているとも感じたが、こういうおかしなことは、本来その辺の子どもの得意とするところなので、やはり、いろんな子ども達を混ぜて過ごす環境を作ることに、大人は力を注いだ方がよいのではないかとも考えたりした。

まだ、入学したわけでもないので、知らないことだらけなのは事実だが、何か、もっと我が子の成長の伸びしろを最大限に引き出してくれるような、ハード的にもソフト的にも最適な環境があるところで日々生活させたいと願ってはいる。

2015年5月15日金曜日

足の補装具かっこいいぜ

靴はアシックスの既製品ベース
インソールの底には水抜きの穴もあけてもらった
長女の補装具、第4号が出来上がった。
今度は補装具というか靴のインソールだ。オーダーメイドするから当然だが、結構なお値段で、行政で補助してもらわなければ、我が家の娘はこんな立派な物を履くことができない。せっかくオーダーメイドなので、毎回いろいろと注文をつけて最高のものを作ってもらう。身につける道具で、娘の成長が少しでもよい方向に促されたりすれば、と願っている。

先日、ラジオで須藤シンジ氏が福祉のことを話していた。ピープルデザイン研究所というNPOの代表を務めている方で、以前から著書を読んで知ってはいた方だ。福祉機器はできるだけその機能を隠そうという工夫がされてきたけど、もっと「かっこいいぜ」と見せびらかすような考え方でいいのでは、というようなことを話していた。その通りだと思う。でも、こういう気持ちになるには、当事者やその家族は、その何らかのハンディを前向きに受け止めることができてのことだということは言っておきたい。
そんなことで、新作のインソールも自慢してみたいと思う。

本来はこれまで使っていたシューホンという形式の装具を卒業したら、ハイカットの革靴をオーダーメイドして、足を補助する手順らしいが、うちの場合は、保育園で毎日小川に入ったりするので、革靴はちょっとNG。制作業者さんとも相談した結果、革以外の素材で靴をオーダーするのは、難しいそうで、このような形式で足を補助することになった。
アシックスの靴は、濡れても乾きが早いので安心だ。
あと、不満を言えば、完成までに時間が非常にかかること。業者さんが地域の療育センターに出張して来る時に、型を取り、次の機会に仮の合わせをして、業者さんが持ち帰って調整、再度合わせて、再調整、足の型をとってから一ヶ月以上経って手元に届くと、成長の早いこどものことだから、ベストな状態で履きはじめられていないような気持ちになる。


既製品の中敷きは使わずに、かかと付きのオーダー中敷きを入れる
指の方はやわらかくしなるが、かかとの方は多少は硬くできている

インソール(中敷き)もヒール厚めだが、さらに外の靴底にも
スペーサーみたいなものを入れてヒールアップ


2015年4月5日日曜日

次女3歳の自信


はやいもので、もう3歳になった。
この直前に、このブログ(「こどもの要求曲線」)でも子育て愚痴をつらつらと書いたが、3歳なったその晩から、これまでヤダヤダ言って上手に寝付かなかった(寝かしつけられなかった)のが、コロッと寝るようになり、そうなったら朝もスッキリ目覚めるようになった。数日したら、保育園からパンツで帰ってきて、家でも「トイレでする!」ということになり。本当に驚愕の成長ぶりだった。(トイレトレーニングは全くしていなくて、自発的な意志にまかせていた)

ちょうど誕生日の晩からは、布団に入ったらすぐにとはいかないまでも、30分もかからず眠れるようになったのは、ひとつには母親が「おばけ」を効果的に使えるようになったこともあるらしい。「目をつぶらないと、おばけがきちゃうぞ」とか言うと、一生懸命目をつぶるようだ。そういったことはあったとしても、よくもこれだけうまくいかなかったことが、誕生日を迎えた日から転換したものだと感心する。想像するに、きっと毎晩毎晩自分でもうまく眠れずに、最後には母に叱られたりしていた部分が解決して、自信ができたのだろう。そして、3歳になると「3歳だからお姉さんだから、できるよ」というセリフを連発するようになり、自覚というか、これも自信というべきものが育ってきたようだ。
自信というものは、大切なもので、自分自身でも過去の自信が現在の原動力の一部になっていることを、時々感じている。それは、自分の体験で感じているとしか表現できない漠然とした感覚だが、なんとなくそう感じている。自分の能力が高いとか低いとかに関係なく、不安になりすぎない、卑下しない状態は大事なことだと思う。

次女は今、おもいっきり保育園生活を楽しんでいる。4月になり新しい3歳児クラスに進級すると、園児も倍増したり、毎日生活する部屋などの環境も変わって、何かと不安が増すものだと思うが、今まで以上に親からも元気に別れて、クラスの玄関を入っていく姿が頼もしいものだと、少し嬉しく思う。こんな生活が、彼女のゆくゆくの自信になってくれることを願っている。

2015年3月18日水曜日

こどもの要求曲線

三歳間近になり、いろいろなことができるようにやってくる反面、すっごく甘えたい気持の時も多いと感じている。
夜寝る時、すべきことから逃げたい時とかに、親の愛情を試すかのごとく、いろいろと要求してくるわけだが、この要求以上の答えを示さないと、きっと気持が収まらないのだろうと思う。
どういう時に、駄々をこねるようなことが長引いて、親も苦労する気持ちになっているのか考えてみると「こどもの要求曲線」と「親の愛情曲線」みたいなのものの関係に気づいた。※それらしい図を描いたが、全く専門家でも何か勉強したわけでもないことをご了解願います。

(1)でわずかに親の愛情が上回り、要求度合い(満足感)は
下がるが、満足しきれずに再び上昇(2)する。
(3)で完全に親の愛情が満ち足りた。
どこかで、こどもの満足曲線を親の愛情曲線が追い越さなければ、こどもの要求は終わらないのだろうと思う。そして、満足する前に、親の愛情が終わりそうになろうものなら、こどもの満足曲線はググーと上がってしまい、親にとってのハードルが更に上がっていく感じなのかな、と。(図参照)
要求曲線の上下は、親の愛情に限らず、他の要因でもあり得る。例えば、物音がして不安がつのれば要求は増すかもしれないし。反対に、楽しい音楽が聞こえていいイメージが持てれば、下降するかも知れない。こどもにとってのこういう要素は、とっても多岐にわたっているから、大人はいろいろなアンテナを張って対応することになる。でも、普通にこどもの方を向いていれば、そういう感覚が生まれてくるものだろうとは思う。
寝かしつけのシーンで、下降の兆しがあったのならば、再び上昇させないように、気持ちを向けることも大切かなと思う。だから、絵本を読むにしても、読み終わって、こどもが「もう一回!」と言う前に大人が「もう一回!!」と言うのがよいのではないかと思ったり。ただ、寝る前は、こどものテンションが上がるので、普通に「もう一回」と言われれば、静かに「いいよ」と対応すればよいと思う。
この「要求曲線」を思いついたら、自分とこどもが陥っている状況が、よく見えてきて落ち着いて対応できる気持ちになったのが、よかったかなと。
うちの次女は寝るときには「かゆい!」と気持ちの落ち着かない感じを表現して、親を手こずらせます。たぶん、多少はかゆいのだろうけど、本心は「私のことだけ見て!」だろうと受け止めてますが。みんな二、三歳ってこんななのかなー?
「寝るときには母ちゃんの愛が欲しいよー」と言わんばかりに(そう言ってくれれば苦労は減るのだが)絵本を持ってくるとする。この時に満足曲線が右肩上がりになってきて、一応は読んでやるのですが、一回読んだくらいでは満足しないわけで、エンドレスになると、親も疲れてしまうからどうにもならず、最後には子どもが疲れて終わるみたいなことを、我が家ではよく見掛ける。

2014年12月5日金曜日

子どもとの暮らしのことを雑誌に書きました

長女が産まれて5年経ち、これまでの歩みをまとめたような文章を、「かぞくのじかん」という雑誌のかぞくのかたちという連載に
「ぼくたちにあたえられた障害のある子と歩む道」
というタイトルで書きました。
婦人之友社さんの雑誌なのですが、書店にたかーく平積みされてました。
日々の暮らしに役立つ家事術を、専門の先生がレクチャーしてくれたり、子育て世代の興味をそそる読み物なんかもある魅力的な雑誌です。ぜひ読んでみて下さい。
書く機会を与えられ、これまでを思い返したり、これからを考えたりできました。ありがたいことです。
おそらく我が文章としては、読者数最大記録となるでしょう。ブログとかでなくて、ちゃんとしたメディアの影響力に怖れも感じます。どんなことにもならないとは思いますが、どんなことになるか楽しみでもあります。
今読み返すと、人に読んでもらう文章を意識しすぎたか、なんだか滑らかさに欠ける文のようにもおもうのですが、どなたかのお役にたてるのならば望外のよろこびとなります。

2014年8月20日水曜日

好きな絵本

瀬川康男さんの絵は好きです
こどもが好きな絵本ではなくて、僕が好きな絵本のはなし。

ものを覚える幼児期には、美しい絵や正しくきれいな言葉にたくさん触れて育ってほしい。特に、絵本というものは、親がふだん使っていることばではなくて、絵本の作者のことばを親が我が子に読み聞かせるということができるものだ。親はきれいな絵が書けなくとも、うつくしいことばを紡ぐことができなくても、一流の絵を見せて一流のことばを発することができる。これがすばらしいのだと思う。

動物の絵は写真では簡単に撮れない
アングルの動物も、すてきに描いて
くれます。
絵本の絵は、第一には写実的なものが基本的にはよいと考える。それはこういうわけだ。
こどもは、日常生活では出会いもしない動物に興味を持つ。そんなものに興味が湧かなければいいと思うのだが、やはり特徴顕著な動物たちはこどもたちにとっては、大切な仲間なのだろう。絵本やこども向けのおもちゃなどにも、アフリカ系の動物は常に登場する。僕は、自分の周囲の物事から世界を知って、それから遠くのことを知ったり学んだりするのが自然だと思うが、そんな思いは叶わずにあちこちでデフォルメされたゾウやライオンやシマウマやいろんな動物に出会ってしまう。あちこちにあるので仕方ない、せめてデフォルメされた動物ではなくて正しい姿の動物をまず知ってもらいたいと思う。

美しい絵ということをいえば、やわらかいタッチの絵、にじんだりかすれたりがあるような絵が、僕は好きなのだけど、そういう絵はこどもに受けないことが多い。うちの子の場合。やっぱり、1歳2歳くらいの子には、色がはっきりした輪郭の境界がはっきりした絵が合っているのだろう。こどもに受けなくては、読んでいる親と聞いている子のコミュニケーションの深まりにつながりにくいので、仕方ないからこどもに受ける絵本を読む。

それから、これは趣味の問題だと思っているが、しっかり書き込んだ感じの絵なのに、実物と違うというか、そういう動作はあり得ないとか、そういう模様はあり得ないとかいう絵によく出会う。たとえば、ホルスタインという日本では牛の典型のような種類の牛がいるわけだけど、その顔の白黒模様はだいたい眉間が白で左右の目の周辺が両方黒いらしい。確かに画像検索とかしてみても、そのようだ。けれども、あちこちに出回っている牛の絵は片目の周囲を黒く描いたものがとても多い。漫画みたいな絵なら特に違和感を感じないが、絵本作家が緻密に書き込んだ絵で、こういう描写に出会うと違和感を感じる。

反対に、写実的でない絵の場合は、ダイナミックなものや、自然な空気感が伝わるものがよいと思う。いきいきとした筆遣いが伝わる絵もいいし、昔話なんかでほのぼのとした調子の農村が描かれていたりするのも好きだ。

赤羽末吉さんの絵は素朴な感じです
田島征三さんの絵はいいです
それから、これは我が子の通う保育園の受け売りのようなことになってしまうが、キャラクターの絵本はやはり好ましくないと考える。キャラクターという要素に注視してしまうと、こどもが絵本の本質に気づかなくなってしまったりすること、そして、友人関係にキャラクターという媒体が過度に影響を及ぼすようなことは、いいことではないと思う。
地味な絵本独自のキャラクターというのもあるが、シリーズものとして発展したりしてグッズが出てきたり、いわゆるキャラクター商品に近づいてしまうと、おもしろくないと思う。手堅い絵本出自のキャラクターは、絵本の中のキャラクターとして一生を終わってほしい。

2014年8月7日木曜日

第三十回わんぱく相撲全国大会

小4の甥っ子が、地区大会を勝ち進み国技館の土俵に上がるというので、我が家も家族で応援に向かった。
うちの次女2歳にとっては、初めての家族4人電車旅となり、公共機関で一時間半の移動を何とかこなす。車で行くか電車か迷ったが、めったに使わない電車を敢えて選んでみた。
競技開始の9時より少し前に国技館に到着。親族大応援団に加わる。
国技館では、選手の家族は1階の升席を利用できるようだが、大応援団は2階の椅子席へ。2階は升席より人が少ない分、快適に感じる。
甥っ子が一回戦を勝利し、二回戦まで時間があるのでお隣の江戸東京博物館へ。仕事で企画展の裏口くらいにしか行ったことがなかった博物館だ。精巧な人形など、お江戸の様子を表現している。忍者もいないし、マゲの人も居ない日本に幻滅している外国からのお客さんにはもってこいの場所だろう。

さて、小学生力士は力いっぱい戦っている。2階から、その表情はわからないのが残念だが、負けた子は悔し涙をこらえ肩を落として退場して行く。貴重な悔し涙を糧に成長して欲しいと思う。
昼食は予約注文(?)していた弁当をいただく。国技館の外に食べに行くこともできるが、休憩時間も20分程だったようなので、取り組みをしっかり見たい場合は場内で済ませるのがよい。ちなみに、館内の飲み物の自販機は、いわゆる観光地価格というか、少し高い。
会場のことでは、入り口が一ヶ所なので江戸東京博物館の行き来では不便に感じた。トイレは1階にたくさんあるが、男性用にはオムツ替えシートなどがない。国技館らしい気もする。2階へのアクセスは階段のみの様子だった。

今回の大会は、Ustreamでも見られると館内放送では言っていた。
気になるのは、アナウンサー席にはモニタが設置してあって、表示されている通り読み上げる仕組みのようだ。取り組み前には地域と名前、取り組み後には決まり手がアナウンスされるのだが、決まり手を誰が決めて、データ入力しているのか、会場を見渡しても見当がつかないことだ。