ニュース(報道ステーション)で見たが、Muse細胞というものを使って、新生児の低酸素脳症を治す治験をするとのこと。
損傷を受けた脳細胞が発信する信号を、血管に注射したMuse細胞というものが察知してMuse細胞が損傷を受けた細胞に成り替わるらしい。
治験は新生児の低酸素脳症を対象にするとのことだが、脳性麻痺や脳梗塞などにもという話しだったと思う。
障害児の親を10年やってきた者の意見だが、こういう治療はあまり賛成ではない。
成人への治療ならまだしも、幼子のしかも何と言うか、人格が未だ熟成されていない新生児に治療するというのが、余計にたちが悪い印象を受ける。
障害児の親でもいろいろ考えがあると思うし、もしかすると治療大賛成という意見が多いような気もする。
遺伝だったり、突然変異だったり、事故的な要因だったり理由はさまざまだが、とにかく低酸素脳症までなってしまうと、肢体に影響が出たり、知的に影響が出たりするわけだが、今の医学では、もうそうなってしまったら簡単には改善しないし、元通り回復はしない。のだと思う。ケースはさまざまだろうが。
子どもが健康に育つと信じていた親は、この事実に直面すると大変ショックだ。今でこそ簡単にそんな風に書けるけど、自分自身もショックだった時期を乗り越えてきた。
少しでも良くなれば、少しでも出来ることが増えれば、という親心はよくわかるし、自分も日々、我が子に対して、こういうことも身に付けられたらなぁ、と高望みしている。
でも、人間が壊れた脳細胞を治すということまでしてはいけないのではないか。その考え方が、今の我が子を否定するような思考にはならないか。ひいては障害者・障害児を否定するような考えにならないか。という風に心配してしまう。
明日をも知れぬ、生死の狭間を生きている子どもが今も居ると思うと、安易なことは言ってはいけない気持ちにもなる。自分の子どもが今、生死の不安がないからこそ言ってしまえることではある。それでも、人間が医学の力で足を踏み入れて良いのかどうか、今一度みんなで考えていけたら。そう思う。
相模原のやまゆり園の事件、裁判をちょうど今日もしていた。彼は世論の賛成を得られると思っていると主張しているようだが、反省の無い態度に世論はすっかり冷めたと感じている。
世の中には健常者と障害者だけではなくて、いわゆる健常者にもひとりひとり全く違う能力や性質や性格を持っていて、障害者とか健常者とかいうくくりでは捉えきれないのが人間だと思う。障害者と向き合っていると、そういうことにも気づかされる。
障害者と一緒に生きているからこそーーー。
障害者の居る社会だからこそーーー。
2020年2月5日水曜日
2019年8月22日木曜日
大人と子供の中間オムツ
![]() |
| グーンBIG、グーンS-BIG(テープ式)、ライフリーS |
備忘録も兼ねて、サイズリサーチ情報をまとめときます。
今使っているもの(キツくなってきた)
グーンスーパービッグ(テープタイプ/パンツタイプ)
男女共用、体重目安:15kg~35kg、おなかまわりの目安サイズ50~70cm
120ccで3〜4回分
>>現在体重は25〜30kgくらいで、へそ下4〜5センチくらいの間が空いてしまっている。
>>テープ式よりもパンツ式の方が、伸びるせいか大きくなっても対応できる印象。
>>現在体重は25〜30kgくらいで、へそ下4〜5センチくらいの間が空いてしまっている。
>>テープ式よりもパンツ式の方が、伸びるせいか大きくなっても対応できる印象。
ライフリー 横モレあんしんテープ止め Sサイズ
ヒップサイズ 56~90cm
150ccで4回分
>>テープ片側2個所止めだよ!(大人用はこのスタイルみたいだね)
>>テープで一番小さい目盛りにして使えないことはないが、かなり大きい。
>>グーンは夜中満水でオーバーフローの時があるが、ほぼ大丈夫。大きめなので、隙間が出来ないように丁寧にテープ止めしないとダメみたい。
![]() |
| リフレSS、グーンS-BIG(パンツ式) |
リフレ 簡単テープ 止めタイプ横モレ防止 SSサイズ
体重目安:20〜45kg ヒップサイズ:50~80cm
>>これもテープ片側2ヶ所止め。
>>SSなのでライフリーのSサイズより小さくて良いが、やはり大きい。
>>前にもギャザーがあって、締め付け感が少ない付け心地だと思う。
>>これもテープ片側2ヶ所止め。
>>SSなのでライフリーのSサイズより小さくて良いが、やはり大きい。
>>前にもギャザーがあって、締め付け感が少ない付け心地だと思う。
![]() |
| グーンS-BIG(テープ式)、グーンビッグより大きい、グーンビッグ |
ネピアテンダー テープタイプ Sサイズ
ヒップサイズ:50~90cm
ウエストサイズ:45~90cm
吸収量の目安:450ml
総吸収量:800ml
>>近くのドラッグストアでは入手できなかった。(取り寄せできないらしい)
>>近くのドラッグストアでは入手できなかった。(取り寄せできないらしい)
2019年8月4日日曜日
長女同窓会でヘレンケラー
長女(小4)、保育園時代の仲間との同窓会をした。
全員には欠けるけど、子供達がみんな集まった。暑い暑い日だったけど、自然の中でたくさん遊んで楽しいひと時を過ごした。
我が子は相変わらず暑さには弱く、すぐに顔が真っ赤になってしまうのだが、大好きな水にたくさん入ったりして、なんとか一日をすごした。「歩き方がしっかりしたー!」とか言ってもらうと、親としても嬉しかたったし、いつも自然に接して、何かと助けてくれる子供達と親達には感謝している。
当然のことではあるが、みんな体が大きくなってびっくりした。男の子はあいかわらず無邪気に遊んでいるように見えるけど、お嬢さん達は一年前はもっと気楽におじさんにも話しかけてくれていた子が、すっかり小学校高学年の態度になっていたり、保育園の時には表現できなかったような話しをしてくれて、そんなことも楽しい出来事だった。
なかでも、うちの長女と何かと一緒にすごしてくれた女の子が、森の中で遊んでいる時に「ねぇ、ヘレンケラーって知ってる?」と聞いてくるものだから、「知ってる知ってる」と答えて「なんで?」と返したら笑顔が返ってきて終わってしまった。
保育園時代に5年間、うちの子のようなハンディがある子供と毎日毎日一緒に過ごして、仲間の一員として保育士や親達も接してくれた。その後住まう地域が違うこともあり、あまり顔を合わせることなく成長してきているわけだが、この仲間達がもっと大きくなった時に、ようするに障害者ということにどういう思いやイメージを抱く人になるのか、とても興味を持っている。
我が子を家のなかに隠して育てず、他の子たちと同じようにどんどん世の中に出して育ててきたのは、健常な子供のようには何でもできないし、自分一人では行動できないけれど、同じ世代の人間達にも一人の人として幼い頃も成人してからも見て欲しいとも思うからで、このヘレンケラーという歴史上の偉人が、かすかに知っているあの子と共通する所があるのかもと淡く気づいたことに結びついているのだとすれば、我が子をこうして育ててきた一つの成果のように思える。
保育園時代には海に行くにも、山に行くにも仲間達のお父さんお母さんが手を貸してくれて、あちこち背負ってくれたり、さっと気づいた子が我が子に手を差し伸べてくれたり、本当に今思い出しても涙腺がゆるくなる出来事がたくさん思い出されて、こうして受けてきたありがたいみんなの気持ちをいろいろなシーンでこれから返していければなと思っている。
全員には欠けるけど、子供達がみんな集まった。暑い暑い日だったけど、自然の中でたくさん遊んで楽しいひと時を過ごした。
我が子は相変わらず暑さには弱く、すぐに顔が真っ赤になってしまうのだが、大好きな水にたくさん入ったりして、なんとか一日をすごした。「歩き方がしっかりしたー!」とか言ってもらうと、親としても嬉しかたったし、いつも自然に接して、何かと助けてくれる子供達と親達には感謝している。
当然のことではあるが、みんな体が大きくなってびっくりした。男の子はあいかわらず無邪気に遊んでいるように見えるけど、お嬢さん達は一年前はもっと気楽におじさんにも話しかけてくれていた子が、すっかり小学校高学年の態度になっていたり、保育園の時には表現できなかったような話しをしてくれて、そんなことも楽しい出来事だった。
なかでも、うちの長女と何かと一緒にすごしてくれた女の子が、森の中で遊んでいる時に「ねぇ、ヘレンケラーって知ってる?」と聞いてくるものだから、「知ってる知ってる」と答えて「なんで?」と返したら笑顔が返ってきて終わってしまった。
保育園時代に5年間、うちの子のようなハンディがある子供と毎日毎日一緒に過ごして、仲間の一員として保育士や親達も接してくれた。その後住まう地域が違うこともあり、あまり顔を合わせることなく成長してきているわけだが、この仲間達がもっと大きくなった時に、ようするに障害者ということにどういう思いやイメージを抱く人になるのか、とても興味を持っている。
我が子を家のなかに隠して育てず、他の子たちと同じようにどんどん世の中に出して育ててきたのは、健常な子供のようには何でもできないし、自分一人では行動できないけれど、同じ世代の人間達にも一人の人として幼い頃も成人してからも見て欲しいとも思うからで、このヘレンケラーという歴史上の偉人が、かすかに知っているあの子と共通する所があるのかもと淡く気づいたことに結びついているのだとすれば、我が子をこうして育ててきた一つの成果のように思える。
保育園時代には海に行くにも、山に行くにも仲間達のお父さんお母さんが手を貸してくれて、あちこち背負ってくれたり、さっと気づいた子が我が子に手を差し伸べてくれたり、本当に今思い出しても涙腺がゆるくなる出来事がたくさん思い出されて、こうして受けてきたありがたいみんなの気持ちをいろいろなシーンでこれから返していければなと思っている。
2017年1月29日日曜日
「表現の市場」に行ってきた
「障害のある人たちと一緒につくりあげる舞台です。自由でエネルギーあふれるパフォーマンスをぜひご覧ください。」(案内パンフより)というイベント。今回は第三回とのこと。
障がいのある人達とパンを製造して販売したりしているNPO法人ぷかぷかという所が主催している。ぷかぷかは演劇をしたり、さまざまな活動をしている団体らしい。
なんと言っても、その裏面に綴られた「表現の市場に寄せる想い」という文章に惹かれた。
相模原殺傷事件への考えなどが書かれ、最後の方に、
「舞台に立っている障がいのある人たちが、ほんとうに自分の思っているとおりの人たちなのかどうか、自分の目でしっかり確かめてください」
と書いてあった。
この一文がなんとなく気になり、家族5人で行ってきた。
演目は、太鼓演奏のあらじん、ラップのはっぱオールスターズ、チェロと太鼓の演奏、聾者と聴者の人形劇のデフ・パペットシアター・ひとみ、演劇だ。
最初の「あらじん」の和太鼓に、圧倒された。10人くらいの青年が生き生きと和太鼓を叩く。社会人の人も居るかも知れないし、学校に通っている世代も居るかも知れない。平日の作業所仕事に飽き飽きしている人も居るかも知れないし、社会で厳しい風に吹かれることもあるかも知れない人達が、こんなに生き生きと表現できるものを持っていることに驚愕した。しかも、趣味で集まっているチームとしては、その音が健常者だけのチームに全くひけをとらない、ハイレベルなものに感じた。確かに荒削りな印象はあるが、若いエネルギーを和太鼓にストレートに出し切った、とても気持ちのいいサウンドだ。おそらく、若いエネルギーを持った健常な人達は、どうしても見栄というか、かっこつける気持ちを抱いてしまう。いろんな見栄があるよね、異性に対してとか、親とか家族とか。それは当然のことだが、あらじんの彼らはそういった気持ちがほとんど無いか、すごく小さいのだろう。そこが、この潔い迫力ある演奏を生み出している。感動した。
もちろん、エネルギーだけでなく、地道な練習を積み重ねた成果でもあるのだろう。息の合ったチームでの演奏、緩急、強弱の効いた表現など聴きごたえがあった。何らかの障がいを持っているからには、練習には苦労が絶えないことだろう。それを乗り越えてきた力が、すばらしいステージに表現されていると言えるのかも知れない。
さらに、あらじんは指導には健常者が関わっているだろうが、ステージは全員障がい者。100%障がい者の演奏。これもすごいと思う。よく、障がい者が何か特筆すべきことを成し遂げた場合、きわどい所まで健常者が手助けしているような事例をよく見掛ける気がする。とくにテレビで。あらじんの演奏は指揮者がいるわけでもなく、うまく全員で演奏している。
障害者が何かに挑戦する物語では、どうしてもスタート地点がどのレベルで、それがここまで挑戦できた。という切り口で語られることも多いように感じる。それが全て見下している感だとは思わないが、思いやりの拍手みたいな感じを受ける。やはり、アートとかステージとかで感動するというのは、説明抜き・前情報抜きで感動できるのが本物だと思う。
体は動くけれど、知的障がいを持った人達には、クラシックのようなステージではなく、のびのびと表現できる和太鼓のようなステージが、とてもマッチしていると思う。
障がいのある人に、何かひとつでも楽しんで打ち込めるものを持ってほしいと、周囲の人々は考えたりするだろうが、和太鼓はいいなと思った。
そんなわけで、第3回 表現の市場。どの演目も目から鱗のすばらしいものでした。あらじんのことばかり書いてすみません。(赤ちゃんと外に出てたり、長女と歩き回ったりしていた時間もあったので)
障害児の父親として、少しはいろいろな障がいのある方を理解してきている自負があったが、
「舞台に立っている障がいのある人たちが、ほんとうに自分の思っているとおりの人たちなのかどうか、自分の目でしっかり確かめてください」
というメッセージ通り、「思っているとおりの人たち」ではなかった。
また、次の機会を楽しみにしたい。
2016年6月4日土曜日
ドリームナイト・アット・ザ・ズー 2016
休日の昼間と違い、観客の少ない動物園は贅沢だったし、ほんとの現場の飼育員さんらしき人が随所に居て、サイの所ではちょうど排便に遭遇してしまったので、何故後ろ足で糞を蹴るのかと聞いたら、においを拡散させているのだとのことで、この種類のサイはやるけれど、他の(名前は忘れてしまった)種類のサイはやらないのだ、とか、いろんなことを尋ねてしまった。
時間帯は夕方から夜だが、特に夜にしか見られない動物の生態にスポットをあてているのではなく、一般の観客が居ない時間を提供してくれている感じ。
障害児の兄弟などは、もしかすると普段動物園に行く機会もなかなか作れないかもしれないと思うと、障害児の家族を招待してくれるのは意義深い。
とても手厚くもてなしてくださってありがたい限りだが、趣旨としてはやはり健常者と障害者を隔離しているようにも思えてしまう。
でも、そんな穿った見方をせずに次の機会もまた訪れたい。
障害児の兄弟などは、もしかすると普段動物園に行く機会もなかなか作れないかもしれないと思うと、障害児の家族を招待してくれるのは意義深い。
とても手厚くもてなしてくださってありがたい限りだが、趣旨としてはやはり健常者と障害者を隔離しているようにも思えてしまう。
でも、そんな穿った見方をせずに次の機会もまた訪れたい。
2016年5月9日月曜日
2016年3月24日木曜日
口元対策
むすめは触覚が少し鈍いらしく、前々から指先の感覚と口の感覚を満足させるためか、指しゃぶりというか、指の爪の生え際とかを歯に当てたりということを、暇になるとしている。だんだんとエスカレートしてきて、爪がひどく傷んで怪我みたいになったり、よだれもひどいので、対策を練っている。このたび、マウスピースを作ってみた。
上の歯全体を覆うもの。これで、歯としては噛むことで欲求が満たされて、指としては、当てても気持ちよくない、と感じて他のことに気持ちが向いてくれることを願っている。
一緒に写っているのは、花粉症用の鼻マスク。鼻栓だ。指を鼻にがっつり入れてしまうこともあるので試してみたが、これはさすがに嫌らしい。
これまでも、マスクをするとか、手袋をはめるとか、やってみたり、エリザベスカラーとかいう犬猫さんが治療でつかうメガホンを襟巻きにしたようなのを試してみようかと考えたりしてきたけど、そろそろ本気で食い止めたい。
でも、これで精神の安定を得ている部分もそれなりにあると思われるので、無礙にシャットアウトするだけでなく、こういうことをしたくならないように状況を整えてやることが本来は大切なのだとは考えている。
2015年11月20日金曜日
茨城県教育委員による障害児についての発言にひとこと
「妊娠初期にもっと障害の有無がわかるようにならないのか」と教育委員が発言をした件が、物議を醸している。
特別支援学校を視察した話題に続き
「妊娠の初期に(障害の有無が)分かるようにできないか。4カ月以降になるとおろせない。(教職員も)すごい人数が従事しており、大変な予算だろうと思う」
「意識改革しないと。生まれてきてからでは本当に大変。茨城県では(障害児の出産を)減らしていける方向になったらいい」
と発言したそうだ。
公の教育に携わる方の発言として、ひどい発言だと感じた。
ツイッターではどんな反応かと、チェックしていると、乙武 洋匡氏(@h_ototake)が
「長谷川センセイ、私も生まれてこないほうがよかったですかね?」
というツイートがあったり、さまざまな反応がある。否定的な見解が多い印象だが、「気持ちはわかる」というような考えの方も居ることを知った。
障害児の親として、僕はこう考えている。
障害児と線引きされる子どもを育てるのは、障害児でない子どもを育てるより、一般的には大変と言えるとは思う。障害といっても、肢体が不自由だとか、知的な面で健常な人と違う所があるとか、さまざまではあるが、大抵は苦労がつきものではあると思うし、ものすごく大変な子育てになる場合もあり得る。
でも、だからと言って、先天的な障害を事前(出生前)に避けることが、障害児と付き合う解決策だとは思わない。むしろ、それは間違っていると思う。育てるのに苦労しそうな子どもは、障害というレベルでなくてもいっぱいいるし、大人になっても本人が生きていくのに苦労する人物も居れば、他人から見て付き合っていくのに苦労する人物も居る。障害児を選別するという考えは、障害が無い人でも、苦労する人は選別する(堕胎?)という発想にならないだろうか。その考えを突き詰めて実行すると、人には誰でも欠点があるのだから人類は子孫をつくれなくなるだろう。
そういうことではなく、先天的に持って生まれた特徴は、その人物の人格そのものだと思うし、いろいろな人が居て成り立つ社会を構成するためにも、いつの時代でも障害者が一定の割合生まれることが、人類の自然な状況なのだと思う。「みんなちがってみんないい」「ナンバーワンよりオンリーワン」とか言う言葉は、そういう多様な人々を肯定する社会を言っているんじゃないの?
障害児の存在をどう受け入れるか、障害児の親や家族が大変ならば、周りの人々は手を差し伸べるべきだと思うし、恩に感じた当事者は感謝の気持ちを伝えるべきだと思う。大変だと苦しい思いをしている人は、声をあげるべきだと思う。そうやって、「苦労」が社会に生まれるから、人と人は助けあったり、ドラマが生まれたり、豊かな生活が生まれたりするのではないか。と考えている。
「本当に大変なんだ」という当事者家族の方も居るのでしょう。僕は本当に大変だ!とは感じることもあるけど、今のところ大きく悲観的にはならないで居られる。どうしてなのか、時々考えてみるけど、やはり、子ども自身の存在が誰かの為になっている、としばしば感じることがあるからだと思う。
保育園の仲間たちが、我が子を歓迎してくれる時、その仲間たちは、その前に起こった喧嘩を忘れているかも知れない。何もできない我が子のために、我が子の仲間たちは、知恵を絞って一緒にイベントを経験できるように考える。それが仲間たちの共通の課題となり、団結が生まれるかも知れない。障害児と共に過ごした子どもたちは、次に別の障害児に出会った時に、自然に力を発揮できるかも知れない。時間ばかりかかって仕方ないなーと食事を介助している父親は、子どものおかげで結構いろいろな人に出会って楽しい思いもしている。などなど。
こういうことは、実際に経験してみないとわからないことだと思う。だから、今回の教育委員センセイも、発言を撤回したのはいいが、「障害児にも絵の上手な子がいた」とか、その程度しか言えないのだと思う。長谷川センセイも経験が乏しいことは不幸なことだったと思う。障害児には突出した才能がある子も中にはいるけど、僅かな才能しか見つからない子も多いし、全く役に立ちそうにない才能を発揮する子もいる。本当に、ただそこに寝て存在しているだけなのではないかという子も居るのだ。でも、その存在自体に意味があるから生きていくべきだし、存在に意味があると信じるから周りの人達も障害児を支えていく気持ちになる。絵の才能があるかどうかで、堕胎すべきかどうかということでは全くない。
こどもが生まれて、親になったと思ったら、こどもが障害児でした。という時に、誰しもショックを感じるものかも知れない。そのショックの程度は、それまでに障害児(者)とどれだけ接したことがあるか、どんな経験をしたことがあるかによって変わるだろう。ともあれ、生まれてしまった子どもは、親にとっての運命なのだと、僕は受け止めている。親にとっても必要な子どもだったのだと。
たぶん、そういう考え方をしないと、障害児を世の中に受け入れられないと思うのだが。
特別支援学校を視察した話題に続き
「妊娠の初期に(障害の有無が)分かるようにできないか。4カ月以降になるとおろせない。(教職員も)すごい人数が従事しており、大変な予算だろうと思う」
「意識改革しないと。生まれてきてからでは本当に大変。茨城県では(障害児の出産を)減らしていける方向になったらいい」
と発言したそうだ。
公の教育に携わる方の発言として、ひどい発言だと感じた。
ツイッターではどんな反応かと、チェックしていると、乙武 洋匡氏(@h_ototake)が
「長谷川センセイ、私も生まれてこないほうがよかったですかね?」
というツイートがあったり、さまざまな反応がある。否定的な見解が多い印象だが、「気持ちはわかる」というような考えの方も居ることを知った。
障害児の親として、僕はこう考えている。
障害児と線引きされる子どもを育てるのは、障害児でない子どもを育てるより、一般的には大変と言えるとは思う。障害といっても、肢体が不自由だとか、知的な面で健常な人と違う所があるとか、さまざまではあるが、大抵は苦労がつきものではあると思うし、ものすごく大変な子育てになる場合もあり得る。
でも、だからと言って、先天的な障害を事前(出生前)に避けることが、障害児と付き合う解決策だとは思わない。むしろ、それは間違っていると思う。育てるのに苦労しそうな子どもは、障害というレベルでなくてもいっぱいいるし、大人になっても本人が生きていくのに苦労する人物も居れば、他人から見て付き合っていくのに苦労する人物も居る。障害児を選別するという考えは、障害が無い人でも、苦労する人は選別する(堕胎?)という発想にならないだろうか。その考えを突き詰めて実行すると、人には誰でも欠点があるのだから人類は子孫をつくれなくなるだろう。
そういうことではなく、先天的に持って生まれた特徴は、その人物の人格そのものだと思うし、いろいろな人が居て成り立つ社会を構成するためにも、いつの時代でも障害者が一定の割合生まれることが、人類の自然な状況なのだと思う。「みんなちがってみんないい」「ナンバーワンよりオンリーワン」とか言う言葉は、そういう多様な人々を肯定する社会を言っているんじゃないの?
障害児の存在をどう受け入れるか、障害児の親や家族が大変ならば、周りの人々は手を差し伸べるべきだと思うし、恩に感じた当事者は感謝の気持ちを伝えるべきだと思う。大変だと苦しい思いをしている人は、声をあげるべきだと思う。そうやって、「苦労」が社会に生まれるから、人と人は助けあったり、ドラマが生まれたり、豊かな生活が生まれたりするのではないか。と考えている。
「本当に大変なんだ」という当事者家族の方も居るのでしょう。僕は本当に大変だ!とは感じることもあるけど、今のところ大きく悲観的にはならないで居られる。どうしてなのか、時々考えてみるけど、やはり、子ども自身の存在が誰かの為になっている、としばしば感じることがあるからだと思う。
保育園の仲間たちが、我が子を歓迎してくれる時、その仲間たちは、その前に起こった喧嘩を忘れているかも知れない。何もできない我が子のために、我が子の仲間たちは、知恵を絞って一緒にイベントを経験できるように考える。それが仲間たちの共通の課題となり、団結が生まれるかも知れない。障害児と共に過ごした子どもたちは、次に別の障害児に出会った時に、自然に力を発揮できるかも知れない。時間ばかりかかって仕方ないなーと食事を介助している父親は、子どものおかげで結構いろいろな人に出会って楽しい思いもしている。などなど。
こういうことは、実際に経験してみないとわからないことだと思う。だから、今回の教育委員センセイも、発言を撤回したのはいいが、「障害児にも絵の上手な子がいた」とか、その程度しか言えないのだと思う。長谷川センセイも経験が乏しいことは不幸なことだったと思う。障害児には突出した才能がある子も中にはいるけど、僅かな才能しか見つからない子も多いし、全く役に立ちそうにない才能を発揮する子もいる。本当に、ただそこに寝て存在しているだけなのではないかという子も居るのだ。でも、その存在自体に意味があるから生きていくべきだし、存在に意味があると信じるから周りの人達も障害児を支えていく気持ちになる。絵の才能があるかどうかで、堕胎すべきかどうかということでは全くない。
こどもが生まれて、親になったと思ったら、こどもが障害児でした。という時に、誰しもショックを感じるものかも知れない。そのショックの程度は、それまでに障害児(者)とどれだけ接したことがあるか、どんな経験をしたことがあるかによって変わるだろう。ともあれ、生まれてしまった子どもは、親にとっての運命なのだと、僕は受け止めている。親にとっても必要な子どもだったのだと。
たぶん、そういう考え方をしないと、障害児を世の中に受け入れられないと思うのだが。
2015年9月26日土曜日
足の装具(シューホン)
![]() |
| 今まではベルト3本だったが今回は4本 |
多分4足目の足の装具。
7月半ばの6歳誕生日近くに届いた。
こういうタイプのはシューホンって呼ぶらしい。「ジョイント付きプラスチック製短下肢装具」というのが正式なのかな。
基本的にはサイズアップなのだが、
今回のポイントは
- 小技がおしゃれ
- 指の付け根あたりがしなる
- ベルトのクッション性がよい
![]() |
| 一番つま先のベルトは幅広で外側から内側に補正する感じ |
靴底の滑り止めは、今回はやや硬くてフローリングなどの硬い床ではすべりやすいのが難点だ。そしてサイズが大きくなったからか、足首の関節パーツが大きくなって、左右の出っ張りが大きい。装具用の靴(サスウォーク)などをオーバーシューズに履いても、まだ出っ張りが大きくて、靴のベルトを締めるのが無理がある。仕方ないから、今回のは室内専用に今の所はしている。
足首の保護と補正はシューホンが担っているのだから、オーバーシューズはローカットでいい市販品があるとよいのだが。「あゆみシューズ」とかはちょっと違う気がするし。
おかげで、いよいよ自分で歩きだしている。いままで6年間そういった動きはなかったから、ちょと視界のはじをトコトコと横切る人がいると、あれっ!!って思うこともしばしば。妹にしては、背が高いしびっくりするが、だんだんと慣れては来た。
2015年6月16日火曜日
保育園卒園後の進学を考える
![]() |
| 園庭のじゃぶじゃぶ池でカヌーに乗る |
親は、療育センターに促されるように次年度の進学先を見学したり、説明会に参加したりしているところである。
我が娘のような感じの子だと、特別支援校という知的な障害のある子や身体の障害のある子を集めた学校へ進学することが通常のようだ。横浜の場合は、市立は特別支援校と呼び、神奈川県立の学校は養護学校という名称になっているという現状で本来は養護学校という名称は今は使わないことに決まったらしい。
さて、見学に行った感想は、第一に殺風景ということ。学校などという所は、そもそも家庭とは違い殺風景なものかも知れないが、やはり自然に接する場所がまるで無いことが驚きであり、残念でもあった。そいういった子ばかりを集めている学校だから、歩行や移動の道具が教室の前の廊下に人数分(?)置かれていたり、なんとなく病院のようでもあり、危険な物は排除しているという配慮もあるのだろうか、潤いの無い印象だった。
長女は、ほぼ毎日、晴れの日も雨の日も園庭で過ごす保育園に通い(雨の日はタープの下とかレインスーツを着るとか工夫はしているはず)、元気な子どもたちの声や、木々の木陰、小川の水、さわやかな風に触れる環境で育ってきて、大人が予想もしないような刺激を受けてきた。人間が計算して準備するものではなくて、思わぬことが彼女にとっての良い経験となり、成長を促してきたことを実感している。
地域の公立小学校に通う子にとっては、自分の足で道路・歩道を歩き、野山かも知れないし、都市かも知れないが、いろいろな物事に出会いつつ登校するだろう。学校に着けば、仲間に出会い言葉や態度で挨拶を交わしたりと、子どもたちの社会が待っている。その昔、自分が通っていた市立小学校には「ロ」の字型に囲まれた校舎には中庭があり、鯉の住む四角い池や、うさぎの住む金網小屋などもあったし、木も少ないながらには植わっていたり、日々手で触れないまでも、もっと自然的で有機的なものを目にする機会が多かったと思う。
授業は音楽や図工などという科目が多くあることが目についた。見学で通りかかった教室では、数人の生徒の前で、かぶり物と腰にはスズランテープでつくったスカートのような物をお召しになった男性教諭とおぼしき方が、生徒の前で音楽の授業をなさっていたような光景にも出会った。子ども達の反応を引き出そうと、ここまで努力しているとも感じたが、こういうおかしなことは、本来その辺の子どもの得意とするところなので、やはり、いろんな子ども達を混ぜて過ごす環境を作ることに、大人は力を注いだ方がよいのではないかとも考えたりした。
まだ、入学したわけでもないので、知らないことだらけなのは事実だが、何か、もっと我が子の成長の伸びしろを最大限に引き出してくれるような、ハード的にもソフト的にも最適な環境があるところで日々生活させたいと願ってはいる。
2015年5月15日金曜日
足の補装具かっこいいぜ
| 靴はアシックスの既製品ベース インソールの底には水抜きの穴もあけてもらった |
今度は補装具というか靴のインソールだ。オーダーメイドするから当然だが、結構なお値段で、行政で補助してもらわなければ、我が家の娘はこんな立派な物を履くことができない。せっかくオーダーメイドなので、毎回いろいろと注文をつけて最高のものを作ってもらう。身につける道具で、娘の成長が少しでもよい方向に促されたりすれば、と願っている。
先日、ラジオで須藤シンジ氏が福祉のことを話していた。ピープルデザイン研究所というNPOの代表を務めている方で、以前から著書を読んで知ってはいた方だ。福祉機器はできるだけその機能を隠そうという工夫がされてきたけど、もっと「かっこいいぜ」と見せびらかすような考え方でいいのでは、というようなことを話していた。その通りだと思う。でも、こういう気持ちになるには、当事者やその家族は、その何らかのハンディを前向きに受け止めることができてのことだということは言っておきたい。
そんなことで、新作のインソールも自慢してみたいと思う。
本来はこれまで使っていたシューホンという形式の装具を卒業したら、ハイカットの革靴をオーダーメイドして、足を補助する手順らしいが、うちの場合は、保育園で毎日小川に入ったりするので、革靴はちょっとNG。制作業者さんとも相談した結果、革以外の素材で靴をオーダーするのは、難しいそうで、このような形式で足を補助することになった。
アシックスの靴は、濡れても乾きが早いので安心だ。
あと、不満を言えば、完成までに時間が非常にかかること。業者さんが地域の療育センターに出張して来る時に、型を取り、次の機会に仮の合わせをして、業者さんが持ち帰って調整、再度合わせて、再調整、足の型をとってから一ヶ月以上経って手元に届くと、成長の早いこどものことだから、ベストな状態で履きはじめられていないような気持ちになる。
| 既製品の中敷きは使わずに、かかと付きのオーダー中敷きを入れる 指の方はやわらかくしなるが、かかとの方は多少は硬くできている |
| インソール(中敷き)もヒール厚めだが、さらに外の靴底にも スペーサーみたいなものを入れてヒールアップ |
2014年3月9日日曜日
「最重度の障害児たちが語りはじめるとき」読中
保育園の先生に、「あの本読みました?」みたいに聞かれて、慌てて図書館から借りてきて読んでいる。そもそも保育園の父母の会の便りに紹介されていて、その時は素通りしていた本だ。読み始めて、もう目から鱗だ。うちの娘も言葉を使うことができるのかも知れないという、大きな期待を抱いてしまう。実は、アマゾンのレビューでも、やや評価の低い記事があったこともあり、どんなものか?と多少疑っていたし、期待もしていなかった。期待していなかったことが、逆に素直に読み進めていけることになった気もする。まだ、読書半ばなのだが、興奮のあるままに少し書いておこうと思う。
「最重度の障害児たちが語りはじめるとき」中村尚樹著 草思社刊。著者の中村氏はジャーナリストでNHKの記者などを経験し、脳障害関連の著作が他にもあるという方で、著者が國學院大学の柴田教授の実践を取材した内容を中心にまとめている。
本の構成も洗練されている感を受けた。(まだ読み終わってないが。)取材を記すことを中心に据えるのは、難しい著作のような気もするが、文章もすんなり読める。
さて、最重度の障害者ということは、身体を自由に動かすこともできず、ストレッチャーで生活し、表情の変化も少なく、とても言葉を理解したり言葉を使って思考したりはできないと思われる人だ。けれども、自分の意志で動かせるわずかな部分を使って、パソコンの50音表を操作して文章を紡いで行く。それは、親への感謝の気持ちだったり、これまで周囲に人として認められなかったことへの思いであったり、実に深い思いを吐露し、中には素晴らしい詩をつくる人もいる。
本の構成も洗練されている感を受けた。(まだ読み終わってないが。)取材を記すことを中心に据えるのは、難しい著作のような気もするが、文章もすんなり読める。
さて、最重度の障害者ということは、身体を自由に動かすこともできず、ストレッチャーで生活し、表情の変化も少なく、とても言葉を理解したり言葉を使って思考したりはできないと思われる人だ。けれども、自分の意志で動かせるわずかな部分を使って、パソコンの50音表を操作して文章を紡いで行く。それは、親への感謝の気持ちだったり、これまで周囲に人として認められなかったことへの思いであったり、実に深い思いを吐露し、中には素晴らしい詩をつくる人もいる。
障害を持つ子の父親として4年と、まだまだ日は浅いが、最重度の人たちがどういう生活をしているか、少しは想像ができる。そういった人たちが、このように教えられもしなかった言葉を既に身に付けていて、それを駆使できるまで自分の内だけでそれまで十年も十数年も持っていた、ということも驚愕だ。特に「気持ちを表すことのできない中で、想像上の友を作り、その友に自分の悲しみを伝えてやわらげている」というくだりも衝撃的だった。これはもしかすると、うちの娘もそんなふうに他者とのコミュニケーションが満足にできない部分を、何か自分の頭の中で消化する手段をつくりあげている、つくりあげようとしているのかも知れないと思うところだ。
また、小学校中学校と地域の普通学級に通った男性のことばを一部引用しよう。
「学校というところでは、何が一番大事かというと、よい仲間を作ることです。残念ながら、長い学校生活の間に満足のいく友達関係はなかなかできなかったけれど、ぼくは仲間とすごした時間が忘れられません。仲間はぞんぶんにぼくのことを冒険に誘いだしてくれました。仲間は『ごめんなさい』と言いながら、ぼくの前を走ってくれました。そういうあたたかいふれあいこそが、ぼくの生きる支えでした。」
また、小学校中学校と地域の普通学級に通った男性のことばを一部引用しよう。
「学校というところでは、何が一番大事かというと、よい仲間を作ることです。残念ながら、長い学校生活の間に満足のいく友達関係はなかなかできなかったけれど、ぼくは仲間とすごした時間が忘れられません。仲間はぞんぶんにぼくのことを冒険に誘いだしてくれました。仲間は『ごめんなさい』と言いながら、ぼくの前を走ってくれました。そういうあたたかいふれあいこそが、ぼくの生きる支えでした。」
まだ読書半ばなので、読了してから改めて書くことにしよう。そして、幸い柴田先生の活動地域はとても近くなので、何か接点を求められればとも思う。
2014年2月2日日曜日
障害児の妹
妹はもうすぐ二歳になる。「もうすぐ二歳!」などと自分で言うくらい順調に育ってきた。人によく成長していると言われるのは嬉しいことだ。親バカかも知れないが、本心で思っているので幸せ(オメデタイ?)なことだと思う。その反面、障害児として順調に成長している長女を思い起こすが、それはそれで良いことと思うことにしている。
何故次女が良く育ってきているのか考えてみたりする。
持って産まれたものがそうだったのかもしれないが、なりふり構わず育児してきた何かが功を奏したのかもしれない。
一つ注目したいのは、ちょっとハンディを持った子の二歳下の妹として産まれたことだ。親は早く育って長女との関わりを手伝って欲しいと、前面には出さないように胸のうちにしまおうとしているが、そこまで演出していないから、すぐに本音を読み取ってくれているむきもあるだろう。障害児を持つ親のなかには、兄弟に負担をかけたくないと努力している人もいるが、うちは全くそういうスタンスではない。姉のおかげで妹は大きくなれると思っているし、親も障害児の家族を持ったおかげで大きくなっていると思う。それは、障害を持った人と暮らすことが決して不幸なことではないと考えているから。どうしても、姉にハンディがなかったらよいのにって思うこともあるに違いない。実際に今でもそういう風に思う瞬間はある。でも、総じて、姉が居てくれて良かったと、妹にも思えるようになってくれればなと願っている。
もう一つは、長女を授かったにも関わらず、病状や様々な心配が勝って両親から子へ上手に注げなかった育児的な愛情が蓄積していて、それを次女に向けて開放することが出来たのかもしれない。
まぁ、こんなこと分析していても仕方ない。二人ともまだまだ小さい子どもだ、親は要求にいちいち応えて信頼関係を築いていきたい。
まぁ、こんなこと分析していても仕方ない。二人ともまだまだ小さい子どもだ、親は要求にいちいち応えて信頼関係を築いていきたい。
2013年4月13日土曜日
何が成長を促すかーリハビリの効果
このところ、長女がメキメキと成長している。父としては、いつもそのように感じているような気もするが、この1ヶ月ほどで、立つ意識が増し、水分(液体)を飲み込むことも上達してきている。
先日、保育園の地域の集まりで、ある父さんが我が長女の手を引いて歩いてくれた。このお父さんは、以前から娘のことを気にかけてくれていて、娘もとってもたのしく歩かせてもらっていた。足の装具を付けていると、つかまりながら自分で左足、右足と前に出すことができるようになってきた。もちろんスムーズでないし、腰が定まらない感じだし、視線はあちこち向いているし、自力歩行には程遠い。
その日の夜のこと。高さ40cmくらいの手すり(我が家ではキッチン入り口に子ども進入禁止のハードルが設けてある)につかまって、お尻をあげて、ひざをあげて、手すりにもたげていた胸を手で押し上げて、ついに自力でつかまり立ちの姿勢になった。普通の子のつかまり立ちとは体型が違うからか、まるで様子が違うが、これはつかまり立ちということだろう。おめでとう!
3月末にPT(理学療法)リハビリに行った時、特殊な歩行器を使って休みつつ先生に方向を多少修正してもらいながらもかなり歩いたと思っていた。今までのことを思えば、ずいぶんイケルようになったと話していた。
ところが先日、まだ3週間ほどしか経っていないにもかかわらず、ほとんど休まず曲がり角もおそらく自分で方向を転換し(偶然なのか彼女自身のコントロールなのかやや疑問)歩行器で歩いてしまった。父としてはとても驚いている。
前々から我が家でも話してきたことで、これまでリハビリを受けてきている先輩方も常々気にしておられることだと思うが、いったいリハビリのおかげで発達が促されているのか、それとも、本人がその時に発達すべくして発達してきているのか、大いに疑問を抱いている。我が娘の場合は、リハビリ自体は苦痛でもなく、いつもの先生に会うことも楽しいようにも思えるから、別に問題にならないといえばそれまでだが、やはりリハビリ以外のいろいろな出会いや、刺激、特に同世代のこどもとの関わりは、一番の刺激になっているように思う。
でも、リハビリを否定しているわけではない。専門家からのアドバイスは的確だし、いつもきめ細やかにアドバイスしてもらっている。定期的に専門家に会えることも、親としてはとても安心だしありがたくも思っている。なによりも、リハビリの先生も親もみんなこどもの成長を願って一生懸命やっているのだ。
我が家では、次女がようやく1歳になり自分で歩きはじめている。はじめのうち長女はその存在を認めたくないような、それでいて嬉しいような素振りだった。それが、半年を過ぎるころには、負けじとハイハイをしはじめたり、妹が興味を示して遊んでいるおもちゃを覗き込んでみたりと、仲良く過ごすようになった。妹が9ヶ月の頃に、一時期姉はとても不安定な気持ちになり、よく泣いてみたり、おもちゃに興味を示さなくなりあちこちの物を引っ掻いたり、指をなめたりばかりしている時期もあったが、今ではとても元気になり、著しく成長する時期を迎えているようにも感じている。
長女のこの成長は、妹との関係抜きには語れない(考えられない?)と思う。
そして、保育園での仲間の存在は、彼女にとってとても大きなものだと思う。おそらく、自宅にいても、保育園に行けばたくさんの仲間がいるという安心感というか自信のような気持ちを抱いているのではないかと、父は想像している。そのくらい、保育園の仲間たちは、彼女を温かく迎え入れ、時に心配し、一緒に泥だらけになって遊んだりしている。本当に恵まれた環境と仲間を与えられていると思う。
さて、保育園でも新しい年度がはじまった。父もがんばって仕事と主夫に励みたいと思う。
2012年11月24日土曜日
子の好きな事を詮索する
少し前、先週くらいまで、長女(3歳)が次女(8ヶ月)の髪の毛をつかんで引っ張ることがしばしばあった。「やめて欲しい、痛いでしょ。」と伝えても、ことばそのものは、たぶん理解できてない段階なので、何を言われているのかおそらくわかってくれていない。
何か叱られている?と感じてくれているかどうかという程度。叱りつづけてもかわいそうなので、次女の頭に帽子をかぶせることにした。幸い、次女も帽子を嫌がったりしないので、しばらく続けているうちに、ほぼ髪の毛を引っ張らなくなった。。
考えていたのは、なぜ髪の毛を引っ張るのかということ。
父母の見解は、おそらく父母が次女をかわいがったりして、なんだか仲良くしているのが嫌だったというか、ひがんでいたのだろうと。その気持ちを髪の毛を引っ張るというかたちで表現していたのではないかということだ。
さらに、何かの時には自分の髪の毛を引っ張ったりもしていた。
何らかのストレスをそうやって表現というか解消の方向に行動していたのだろうか。
もうひとつ、
食事中に父母には原因不明の状態で泣き出すことがある。じょじょに表情が曇ってきたとおもいきや「うぇ〜ん」となる。食事が熱かったのか??とか魚の骨でも食べてしまったか??と心配になるが、どうもそういうことではない様子。
こちらについても、父母の見解は、おそらく何かのストレスが溜まってきていて、彼女にとっては大切な食事の最中に、「決めて」になるような嫌なことが起こって、泣くということになってしまったのか。と思っている。
泣いてしまう時には共通して、大人の話というか、「あーでもなくて、こうなんじゃないか」「いやいや、こうだよ」というような難しい系、子どもにはわからないような会話の時だ。
父子二人で家に居ることがある。もちろん母乳に頼っている次女は、あまり担当したくないので、長女の方だ。
二人でハイハイしたり、木のレールに電車を走らせたり、最初は楽しくやっているが、だんだんネタがなくなり、最後にはお互いになんだかつまらない気持ちになる。
そういう時に、娘はとても悲しそうになったり、いかにも体にいい空気を吸い込めていないような、かわいそうな感じになってしまう。
ぼくの一番の解決方法は、音楽を聴くことだ。こどもが楽しくなるような雰囲気のもの。童謡とかでもいいけど、今いちばん楽しく聴けるのは、「ロバの音楽座」の音楽だ。
暗かった表情が、簡単に明るくなる。ついでに一緒に楽しいリズムで歩いたりすれば、もう大丈夫だ。
いろいろなことを感じたり、考えたりしているこの子は、いまだことばを発せず、おそらく日本語という言語そのものは理解できず、赤子のようにたびたび泣いて表現したりもしない。だから、体の具合が悪くなっていないか、怪我でもしていないか、手足が冷たくなってはいないかなどなど、いつも気にかけてしまう。
でも、その場の空気を敏感に感じて自らに取り込んでしまう彼女は、楽しく暮らすということは何をすべきなのか、ということを教えてくれている。
一緒にいて、彼女を楽しくさせようとい努力して、結局みんなで楽しくなれるのは、一番の幸せかも知れない。
この類い稀な人は、やはり我が家の自慢の娘なのだと、とりとめもなく思う毎日だ。
何か叱られている?と感じてくれているかどうかという程度。叱りつづけてもかわいそうなので、次女の頭に帽子をかぶせることにした。幸い、次女も帽子を嫌がったりしないので、しばらく続けているうちに、ほぼ髪の毛を引っ張らなくなった。。
考えていたのは、なぜ髪の毛を引っ張るのかということ。
父母の見解は、おそらく父母が次女をかわいがったりして、なんだか仲良くしているのが嫌だったというか、ひがんでいたのだろうと。その気持ちを髪の毛を引っ張るというかたちで表現していたのではないかということだ。
さらに、何かの時には自分の髪の毛を引っ張ったりもしていた。
何らかのストレスをそうやって表現というか解消の方向に行動していたのだろうか。
もうひとつ、
食事中に父母には原因不明の状態で泣き出すことがある。じょじょに表情が曇ってきたとおもいきや「うぇ〜ん」となる。食事が熱かったのか??とか魚の骨でも食べてしまったか??と心配になるが、どうもそういうことではない様子。
こちらについても、父母の見解は、おそらく何かのストレスが溜まってきていて、彼女にとっては大切な食事の最中に、「決めて」になるような嫌なことが起こって、泣くということになってしまったのか。と思っている。
泣いてしまう時には共通して、大人の話というか、「あーでもなくて、こうなんじゃないか」「いやいや、こうだよ」というような難しい系、子どもにはわからないような会話の時だ。
父子二人で家に居ることがある。もちろん母乳に頼っている次女は、あまり担当したくないので、長女の方だ。
二人でハイハイしたり、木のレールに電車を走らせたり、最初は楽しくやっているが、だんだんネタがなくなり、最後にはお互いになんだかつまらない気持ちになる。
そういう時に、娘はとても悲しそうになったり、いかにも体にいい空気を吸い込めていないような、かわいそうな感じになってしまう。
ぼくの一番の解決方法は、音楽を聴くことだ。こどもが楽しくなるような雰囲気のもの。童謡とかでもいいけど、今いちばん楽しく聴けるのは、「ロバの音楽座」の音楽だ。
暗かった表情が、簡単に明るくなる。ついでに一緒に楽しいリズムで歩いたりすれば、もう大丈夫だ。
いろいろなことを感じたり、考えたりしているこの子は、いまだことばを発せず、おそらく日本語という言語そのものは理解できず、赤子のようにたびたび泣いて表現したりもしない。だから、体の具合が悪くなっていないか、怪我でもしていないか、手足が冷たくなってはいないかなどなど、いつも気にかけてしまう。
でも、その場の空気を敏感に感じて自らに取り込んでしまう彼女は、楽しく暮らすということは何をすべきなのか、ということを教えてくれている。
一緒にいて、彼女を楽しくさせようとい努力して、結局みんなで楽しくなれるのは、一番の幸せかも知れない。
この類い稀な人は、やはり我が家の自慢の娘なのだと、とりとめもなく思う毎日だ。
2012年8月22日水曜日
[Curio]バギーを買う?障害児の手当
![]() |
| Curio |
「Curio」っていうらしい。
市販品で日本のメーカーが作っているらしい。
早速調べてみた。
高品質の自転車フレームと同じフレームのJIS規格A7003アルミ合金でできていて、国内で生産されている。
シートは、脱着しやすく設計されていて、種類も豊富にある。メッシュのシートもある。
シート下には、スーパーのカゴが入る。
サスペンションまでついている。
タイヤは中空タイヤ。
値段は8万円くらいする。
いいのはわかったが、うちの子に必要かどうか。
もちろん長女だ。
やっぱり、まだまだ自力歩行は当分できそうにないし。いいかも。
でも今は、普通のバギーで日常は事足りている。
そもそも何故このバギーに興味が湧いたかというと、保育園で園外に出かける時に父手製の木製の乗り物に乗せて移動していたのだけれど、山道みたいな所とかは、どうしても走れないし、ハードに使うとすぐに壊れそうだから、こんな素敵な商品があるなら欲しいと思ったわけだ。
保育園の仲間と一緒に出かける時に、必要とされるのは、
1)子どもと同じくらいの目線(高さ)
2)仲間に引っ張ってもらうロープなどを取り付けられる
3)林道走行できる
4)赤ちゃんっぽくないデザイン
などの要素を求めている。
Curioはタイヤ直径のわりに、ホイールベースも短く、
意外に小型とも言える。ただし、普通のバギーよりかなり重いし、
たたんだ時もコンパクトではない。
そもそもの動機が、保育園の普通の仲間と一緒に移動する為に、自力歩行のできない彼女のために欲しいということだから、障害者の「日常生活用具の給付」という制度で費用を一部負担してもらうのが使えないかと思った。
早速、リハビリをしてもらっている理学療法士さんに相談してみると、市販品はできないかも知れないと言われたのと、今3歳なので、4歳くらいで新しいバギーを検討する方が先の見通しももう少し立ってよいかも知れないというようなことを言われた。
まぁ、今はいいかと思ったが、一応メーカーにカタログは請求してみた。
カタログといっても、小さい刷り物だったけど、一応保育園の先生に渡してみた。
いつも、娘を野山に連れて行ってくれる先生。
反応いい。週末に代官山のショールームに行くという。
何かついでがあるのかも知れないけど、やる気あるな先生。
翌週、「いいですよ」とのことで結構絶賛。
小回りもきいて操作も軽い、今なら展示品が2割引だという。カタログデータは15kgまでだが、実際は大人が乗っても壊れないらしい。
先生がそういうなら、考えます。ららぽーとに商品あるみたいなので試乗しに行きますと返事。
実際のバギーはたしかに想像通りよい。試乗すると、思ったより娘はすっぽりシートに埋もれるように見えたが、ホールドされているという感じはする。
いろいろ考えて、やはり行政の補助をもらってもいいかな、と思った。
補助が出るかどうかは、どうも行政の問題ではなくて、担当の理学療法士や医師が認めるかどうかのように感じていたので、こんな場所で使いたいという写真を添えた資料をつくって持って行った。
理学療法士の先生、「はい、わかりました」とあっさり。区に申請のための用紙をもらいに行ってきてください。とのこと。
なんだ簡単なことだったのか。
と思っていると、幾日か経って電話が。
「このバギーはだめだそうです」という結論だ。
どうやら、販売製造しているメーカーが厚生労働省から認められないといけないとかいう決まりがあるらしい。
障害者用にオーダーメイドしてくれるバギーで、タイヤの大きいのなどいろいろ探してくれて、提案された。なかなか良く出来ているとは思うが、全体のサイズが大きかったり、やっぱりちょっとしっくりこない。でも、次回一応デモ機を見せてもらうことにした。
ちょっと腑に落ちないが、楯突く相手がどこなのかもよくわからない。
時間を置いて考えてみた。
どんどん歩いていける仲間と同じように移動する為の道具が欲しい。と思ったのだけれど、山や林道を走り回りたいというのは、あまり普通というか、趣味的というか特殊性の高い要求かな?と思って、そう考えると補助がでなければ自分で買うべきものか。とか考えて自分を納得させてみる。実際、補助の対象になるタイヤが大きくてハードな道も進めそうなバギーはあるのだし。
2012年7月19日木曜日
三歳になった
| 今年もシフォンケーキ |
生後四ヶ月からいわゆる普通の発達とは違う道を歩んできた彼女。(詳細は以前の記事参照)誕生日を保育園や、通っている通園施設や家族や親族や、みんなに祝ってもらった。
通園施設では、他の子の母さんがもらい泣きまでしてくれた。みんなハンディを持っている親だから、この節目をこうして迎えた感慨もひとしおという気持ちだ。
姉の自覚
ブログではつい書きそびれてしまったが、3月に次女が生まれて、この長女もお姉さんになった。妹が病院で生まれ家にやってきて、最初は様子が変だと思ったかもしれない。興味半分、疑問半分だったのかもしれない。一応、彼女としてはやさしく、手のひらでペシペシ頭を触ってみたりしていた。
ところが、どうも父も母も、この妹が泣く度にだっこしたりなだめたりと、手をかけていることに気づいたのだろう。今は地味ながらも、たえず主張している。妹に負けるわけにはいかない、と思っているかどうかわからないが、やはり愛情が必要なことは間違いない。ことあるごとに、ずりずりと近づいて膝に手を置いてみたり、母にいたっては、はっきりと「あまえたーい」といわんばかりに、視線で追いかけている。部屋から出て行くと、ドアを見つめていたり。
さらに、泣くことも増えた。食事中に泣く。原因がよくわからない場合が多い。食べ物がまずいわけでもなさそうだし、固いとか噛みにくいとかでもない。情緒不安定というべきなのかもしれない。
そして、声が大きくなってきた。「あー」とか、くちびるをふるわせて「ぶー」とか言うわけだけれど、以前に増して声が大きくなったし、必要以上に声を出しているようにも感じる。これらすべて妹の出現の影響だと思う。
保育園での近況
母が休暇なので、保育園に登園する回数は減っている。
でも、登園すると仲間達が大歓迎してくれる。連れていった父もすごくうれしい。
保育園の先生方は、介助的にも手のかかり、他の子とはちがってより注意が必要なこの長女を、よく面倒みてくれている。連絡帳にも気持ちのこもったコメントを書いてくれる。本当にありがたい存在だ。
この三歳を迎えるにあたり、誕生日カードを作ってくれた。最近彼女が好きという「バムとケロ」の絵本カバーを使っているものだ。
この面倒な子は、時に何がしたいか、何を欲しているか読み取れなかったり、保育者としては匙を投げたいこともあるであろうに、卒園までしっかり向き合っていきますという、強くも温かい気持ちが溢れたメッセージが細かい文字で書き込まれている。本当にこころのこもった、こういう手作りの品には参る。この保育園のお家芸とも思う。
この子がどういう成長をしていくか、一番考え、おそらく現実に一番近いであろう予測をたてているのは、この保育をしてくださっている先生方かもしれない。
次女も泣く
ところで、問題の次女は四ヶ月になった。すくすくと大きくなって、まずは紙おむつのサイズが姉に並んだ。ちょっと太り過ぎだと思う。本当にお相撲さん的な太ももをしている。目下、寝返りに挑戦中。座布団の段差を利用して何度か寝返りをしているが、平らな場所ではまだ未確認。この数日で仰向けの状態で床を蹴り、前進することを覚えた。数秒で1M、2Mと進む。机の下にもぐっていったと思うと、反対側からでてくるという具合だ。まぁ、こちらの成長はひたすら楽しみというところではある。
ただ、父のだっこが嫌いらしく、泣いて機嫌が悪い時に抱いても、一向におさまらないばかりか、ますます泣く。授乳という手段も持ち合わせないので、これには参っている。こりずに向き合っていこうと思う。
2011年2月28日月曜日
クッションチェアが出来た!
座位保持用に、クッションチェアなるものをつくってもらった。
幅にゆとりのあるイスだと、左右にずれて傾いた体勢というか、背骨が曲がっちゃいそうというか、安定して座ることができないので、本人も介助するほうもきもちよく居られるイスができた。
既成のクッションチェアと違うのは、特に背中と座面の角度。
屈曲の程度がどのくらいで、背中の角度がどんな角度かということを、ずいぶん細かく検討してもらい調整した。
そして、テーブル付き。テーブルの左右が体にはまる感じで、
両腕が安定すると同時に、体の左右へのぶれも防止してくれるものだ。
色は、物がよく見えるように黒になった。
あとは、背中の材質が通気性のよいものにして、足をのせる台をつけてもらって、ベルトはマジックテープ式。イスの下に角度調整用に三角の台をつけてもらった。
これのおかげで、食事がすごく楽になった。よかったよかった。
2011年1月27日木曜日
1歳6ヶ月健診
区役所に行って、健診をした。
日頃から、本格的に医者にお世話になってるから、
行かなくてもいいんじゃないか?という話もあったんだけど、
とりあえず行くことにした。
みんな、歩きまくってて驚いた。(当然だけど)
うちは、まだまだだ。
しかも、父子だけで来てる人はいない。(当然!?)
たまに、親子3人の人はいる。
娘のことを知っているおばちゃんに会った。
シノシノがダンスか体操かなんかの時に、
預かってくれたことがあるらしい。
シノシノがいろいろ活動していたおかげで、
結構、娘には知り合いがいるらしい。
この頃の子どもは、上の前歯が虫歯になりやすいらしい。
下の歯は、唾液がよくつくから、虫歯になりにくいとか。
これといって、たいした健診ではなかったけど、
まぁ、虫歯がないことはわかった。
なぜか、先週病院で測った時より、体重が軽くなっていた。
健診終了時、服を着る最中に発作あり。
このごろは震えはないけど、突然の反りと硬直になることがある。
晩飯は、ほっけの焼いたの、
さつまいもとリンゴのサラダ、
白菜のお浸し。
かんぴょうのみそ汁。
日頃から、本格的に医者にお世話になってるから、
行かなくてもいいんじゃないか?という話もあったんだけど、
とりあえず行くことにした。
みんな、歩きまくってて驚いた。(当然だけど)
うちは、まだまだだ。
しかも、父子だけで来てる人はいない。(当然!?)
たまに、親子3人の人はいる。
娘のことを知っているおばちゃんに会った。
シノシノがダンスか体操かなんかの時に、
預かってくれたことがあるらしい。
シノシノがいろいろ活動していたおかげで、
結構、娘には知り合いがいるらしい。
この頃の子どもは、上の前歯が虫歯になりやすいらしい。
下の歯は、唾液がよくつくから、虫歯になりにくいとか。
これといって、たいした健診ではなかったけど、
まぁ、虫歯がないことはわかった。
なぜか、先週病院で測った時より、体重が軽くなっていた。
健診終了時、服を着る最中に発作あり。
このごろは震えはないけど、突然の反りと硬直になることがある。
晩飯は、ほっけの焼いたの、
さつまいもとリンゴのサラダ、
白菜のお浸し。
かんぴょうのみそ汁。
2011年1月25日火曜日
寝返りが出来るようになった
もう一年以上前に、一度出来るようになっていたんだけど、
当時は、反りが強くて、その勢いで出来てた感じだった。
てんかんになってから、(>>「育メンになった。(初日)」参照)いったん運動能力が落ちてたんだけど、
この所、ようやく発症前くらいにはなってきたみたい。
ようやく、腹筋がついてきたのか、
そういう意識ができてきたのか、
反りだけじゃなくて、前屈的なかたちに自分でなれるようになってきた。
先週くらいから、寝返りできそうな所までいってたんだけど、
25日に、リハビリを始める時に出来たみたい。
いろいろ動けるようになって嬉しい。と思う反面、
これから、大変だな、とも思う。
当時は、反りが強くて、その勢いで出来てた感じだった。
てんかんになってから、(>>「育メンになった。(初日)」参照)いったん運動能力が落ちてたんだけど、
この所、ようやく発症前くらいにはなってきたみたい。
ようやく、腹筋がついてきたのか、
そういう意識ができてきたのか、
反りだけじゃなくて、前屈的なかたちに自分でなれるようになってきた。
先週くらいから、寝返りできそうな所までいってたんだけど、
25日に、リハビリを始める時に出来たみたい。
いろいろ動けるようになって嬉しい。と思う反面、
これから、大変だな、とも思う。
登録:
投稿 (Atom)
















